すっかりご無沙汰しております。
2022年11月1日に新刊『ドイツの家と町並み図鑑』をエクスナレッジより上梓しました。そして、なんとこのたび発売からひと月ちょっとで重版が決まりました!
本当に嬉しいです。
お買い上げいただいたみなさま。
SNSなどで広めてくださったみなさま。
書評に取り上げてくださったみなさま。
販売してくださった書店やエクスナレッジのみなさま。
心から感謝しています。ありがとうございます。
『ドイツの家と町並み図鑑』のあとがきにも書きましたが、ドイツの建物に関する本を書きませんかというメールをある日編集者さんからいただいたとき、私は大興奮したんです。好きなんですよ、建物を見るのが。
だけど商業出版で出せるとは、それまで思っていなかったんです。ドイツの建物、それもお城や教会でない普通の家屋なんて、あまりにもニッチすぎるかと思って。だから、好きなテーマで商業出版として本を作れるかもしれないと聞いて、天にも昇る心地でした。
そんなわけでこの本は、私の全身全霊を注いで作りました。本書の制作中は、最初から最後までずーーーっとテンション最高潮でした。
もちろんこれまでの著書も全力で作ってきましたが、今回は掲載内容・台割・写真セレクト・ラフまで全部案を出して、編集者さんと相談しながら形にしていきました。
私の中に「この建物は、こう見せたい」というイメージが強くあり、それを表現できるように撮影し、紙面で展開したかったんです。もともと私は編集者なので、どう構成するか、どう見せるか、どう読者に伝えるかを常に考えているだと思います。私の案をずいぶん取り入れてくださったエクスナレッジの編集者さんに、とても感謝しています。
撮影も、取材も、台割・ページラフ制作も、すべて楽しかった! この時点でのベストを尽くしました。1年後、2年後にはきっと「ここはもっとこうしたい」という点が出てくるのでしょうが、出版した時点では、やれることはやりきった思いでいっぱいです。
本書はドイツ・ブランデンブルク州在住のチカ・キーツマンさんとの共著です。チカさんとは、「ベルリン・ブランデンブルク探検隊」というユニット名で2020年に一緒に給水塔の本を自費出版したり、地元の建築などを紹介するYouTubeをやっています。だから、チカさんと一緒にやるのは当然のことでした。
取材・原稿執筆はチカさんと私が一応分担していますが、お互いに意見を出し合い、共同作業で進めました。写真は、7〜8割が自分たちで今回撮り下ろしたもので、残りは各自がこれまで撮りだめた写真を使っています。
本書が出たいま、チカさんの存在なしではこの本はできなかっただろうと思います。チカさんと私は視点や得意なことが少し違うので、お互いの強みを活かせます。ふたり揃えば一人でやるよりも5倍も10倍もいいものができる、そう確信しています。
いい本ができたと思います。
ぜひご覧になっていただきたいです。
https://www.xknowledge.co.jp/book/9784767830636
私はあとがきで「この機会をいただけたことで、数年ぶりに生きる喜びを感じました」と書きましたが、まったく大げさではなく本当のことです。本書の制作をしていた間は毎日楽しく、充実していて、私は生きているのだと感じました。それは数年ぶりに得られた感覚でした。
じつはこの数年、まだベルリンに住んでいた頃から、何事に対しても気力が出ない日々が続いていました。何を書くにも考えすぎてしまって、まったく筆が進まないことが増え、もうこのまま書けないのではないかと思ったこともありました。おそらく年齢のせいもあるのだろうと、婦人科に通ってもいます。
でも『ドイツの家と町並み図鑑』を作っている間は本当に楽しく、「こうしたい、ああしたい」というアイディアがあふれ出て、「あぁ、私まだこんなにがんばれるんだ」と気づきました。この本のお陰で、元気になれました。
本書の発売後にみなさまから温かいお言葉をたくさんいただき、これからもがんばろうと思えました。本当にありがとうございます。
素直に書いていきたいです。
これからも、どうかよろしくお願いします。
7月末にドイツ・ブランデンブルク在住のチカ・キーツマンさんと出した本『ベルリン・ブランデンブルク探検隊シリーズ 給水塔』の電子書籍が、本日9月15日に発売になりました! プレゼント情報があるので、最後まで読んでみてください!
電子書籍版『ベルリン・ブランデンブルク探検隊シリーズ 給水塔』は、チカさんのオンラインショップでお買い求めいただけます。1回のご購入で、PDFとEPUBの2バージョンをダウンロードしていただけます。矢印の先をクリック→「まにあっくドイツショップ」
本の詳細については、チカさんのブログ「ChikaTravel」の記事をご覧ください→「ベルリン・ブランデンブルク探検隊シリーズ 給水塔」を出版しました
紙の本出版から電子書籍化へ
一言で説明すると、この本は給水塔好きの趣味が高じて、ふたりで本を作ろうと意気投合して出した自費出版の本です。ドイツのベルリンとブランデンブルク州の給水塔85基を、時代背景とともに紹介しています。
給水塔というだけでもわりとマニアックなテーマなのに、さらにベルリンとブランデンブルク州というエリアに限定するなんて、どんだけニッチなんだよと作った本人たちも思っていました。だから最初から商業出版でなく、自費出版で出そうと決めていました。
いったい何人の人が買ってくれるのか? 出す前はまったく見当がつかず、制作費はすべて自腹というのもあり、少部数限定で刷ったんです。
そして、チカさんと私がそれぞれTwitterとFacebookで出版告知をしたところ!
なんと発売3日で、ほぼ売り切れたんですよ!
いやー、びっくりしました。まさかこんなに大勢(少部数ですけど、私の感覚的には大勢)の人が興味を持ってくれたとは。ありがとうございます!!
急いでチカさんと今後の対応について話し合いました。つまり、増刷するか、そのほかの策を考えるか、です。
増刷は現実的に難しいと判断しました。なぜなら本書はドイツで印刷しましたが、購入してくださる方は日本在住の方が中心です。再度ドイツで作って日本に送るとなると、コストが嵩みます。かといって日本の印刷会社で刷ったら、紙や色が第一版とは異なる可能性が大きそう。
熟考の末に、電子版を出すことに決めました。紙の本をデザインしてくださった守屋亜衣さんがデータ化を手がけてくださいました。
今回の電子版発売を記念して、チカさんと私でオンライン対談をしました。ふたりでこの本を作ったときの思いやエピソードを、あれやこれや話しています。チカさんのポッドキャストでお聞きいただけます。こちらをクリックしてください→ChikaCaputh
電子書籍発売記念大感謝プレゼント!
*電子書籍版『ベルリン・ブランデンブルク探検隊シリーズ 給水塔』概要
・オールカラー 980円
・全48ページ+電子版だけのボーナスページ4ページを新規収録!
・電子版ボーナスページでは給水塔タンクの種類と設計者、タンク内部への潜入ルポを掲載
・形式はPDFとEPUBの2バージョン。一度の購入で両方ダウンロードしていただけます。
さらに! 電子書籍版発売記念大感謝プレゼントとして
ドイツの主な給水塔マップ
を紙の本・電子版ご購入のみなさまにもれなくプレゼント!
既に紙の本を買ってくださった方には、この給水塔マップのほかに、電子版ボーナスページ4ページのPDFももれなくプレゼント!
「紙の本を買いそびれた」
「どんな給水塔があるのか見てみたい」
「スマホとかで気軽に読みたいな」
そんな方も、そうでない方も、ぜひこの機会に電子版をお求めください!
お求めはこちらです→「まにあっくドイツショップ」
注:オンラインショップで電子版をお買い上げ後にPDFとEPUBのデータをダウンロードいただけますが、私が日本で購入テストをしたところ、購入直後にダウンロードしようとすると失敗することがありました。しかし翌日には問題なくダウンロードできました。もし直後にダウンロードできなかった場合は、大変恐れ入りますが翌日改めて試してみてください。もしそれでもダメでしたら、お手数ですが久保田までメールでご連絡をお願いします。メール:info@kubomaga.com
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無事に日本に帰国しています。
前回私がこのブログで日本への本帰国をお知らせしたところ、いろいろな方からメッセージをいただきました。たとえベルリンで頻繁に会っていなくても、「ベルリンにいる」こと自体に意味があったのだなと感じています。
私の仕事は基本的に一人で取材して書くという形で、みなさんからのリアクションを直接いただくことは少ないです。それで、自分で勝手に落ち込んだりすることもありました。
今回多くのメッセージをいただいたことで、思い上がりかもしれませんが、書いたものを通して多くの方と共に生きていたのだと感じました。改めて、ありがとうございました。
今回は、ドイツ出国から日本までの帰国の道のりについて書こうと思います。コロナ禍における帰国は、(少なくとも現段階では)レアな体験だと思うので、自分のためにも記録しておきたいんです。ただし、ここに書くことはあくまでも私の帰国時で、常に当てはまるわけではないことをご留意ください。
フライトはマスク着用義務、東京行きは超ガラガラ
私のフライトはフランクフルト発、ヘルシンキ経由の成田着というルートで、航空会社はフィンエアーでした。航空券を予約したのはドイツで新型コロナ感染が広がる以前で、本来のルートはベルリン〜ヘルシンキ〜羽田。その後コロナ禍がやってきて到着空港が羽田から成田に変わり(これはフィンエアー側の変更)、さらにベルリン・テーゲル空港閉鎖騒動で(結局は8月現在も営業していますが)フランクフルトから出発することに自主的に変更しました。
フライト日は当初の予約から変更なし。フィンエアーは6月末まで日本行きフライトを運休していましたが、7月から運航再開したのはラッキーでした。
私が帰国したのは7月下旬です。その時点で、ドイツからEU内への移動は既に可能でした。バカンスシーズンということもあってか、フランクフルトからヘルシンキへのフライトは9割ぐらいの席が埋まっており、私の隣にも乗客が。若干不安でしたが、フライト中はマスク着用義務があったために飲食時以外はずっとマスクを着けていましたし、機内でおしゃべりする人も少なくて静かだったのは幸いでした。私はふだんフランクフルト空港を利用しないので、通常と比較した空港の混雑具合は不明です。
フランクフルトを出発した飛行機は、順調にヘルシンキ・ヴァンター空港へ着陸。
私がなぜ日独間の移動に好んでフィンエアーを利用しているかというと、飛行時間が短くてラクなのと、乗り継ぎとなるヘルシンキ・ヴァンター空港がコンパクトでわかりやすく、快適だから。そのヴァンター空港が、今回はコロナのためにガラッガラで、ある意味さらに快適でした。閉店中のショップやカフェも多く見受けられましたが、水やお菓子などを買う分には問題なかったです。ちなみに、ムーミンショップは営業していました。さすが(何が)。
乗り継ぎには2時間以上あったので、超余裕。開いている店も少ないから、ショッピングに時間を取られることもありません。空港のワイファイにつないで誰もいないカフェでネットサーフィンをしたりしているうちに、成田行きフライトのボーディングタイムに。
成田行きフライトのゲートにいたのは数十名くらい。え、これしか乗らないの......と驚きましたが、こんな時期に日本に飛ぶ人(飛べる人)は少ないでしょうね。日本は入国拒否対象地域からの入国者を厳しく制限していますから(入国拒否対象地域に滞在していた外国人は、たとえ日本の永住者だったり日本人配偶者がいても、条件によっては入国拒否対象になります。それは非人道的ではないかと思います。日本国籍所有者はその限りではありません。詳しくは外務省海外安全ホームページを参照してください。https://www.mofa.go.jp/mofaj/ca/fna/page4_005130.html)。
そんなわけで、あっという間にボーディング完了。
着席すると、私の周りに座っていたのは数名だけ。横一列は誰もいなくて、3人がけシートの手すりを上に持ち上げ、ほとんど横になって帰ってきました。ラクでしたが、航空会社はこんなに乗客が少ないと厳しいはず。
機内サービスは簡略化しているとのことでしたが、私にはまったく問題なかったです。もともとそこまで細かい気配りを私は求めていませんから(ぶっきらぼうなのは嫌ですが)。ふつうに食事と飲み物サービスはあったので、それで十分です。
いつもと違ったのは夕食で、メニューは野菜ラザニア一択でした(事前にベジタリアン料理を予約していたわけではありません)。こんなに乗客が少ない状況で複数の選択肢を用意するのはもったいない気がしますし、肉を食べる人でも野菜ラザニアなら食べた満足感もそれなりにありそうです。私はいいやり方だと思いました。
夕食後は3人がけシートを占領して、横になって休憩。朝食はごく普通の卵料理にパンという内容でした。
「不要不急」の定義とは?
そして、無事に成田空港着陸。
機内でほとんど待つこともなくそのまま降りると、そこには係員の方がいて数名ごとに並ばされました。誘導されて行った先は、検疫のPCR検査コーナー。検査前にまず個別に書類に記入し、説明を受けました。書類では滞在国や滞在期間などについて答え、そこから非接触型体温計による検温、空港から自宅までの移動手段の確認と帰国後翌日から14日間は不要不急の外出は控えて待機するようにとの説明がありました。
私は待機期間は東京の自宅にいられて、空港から自宅までは家族とともにレンタカーで帰ることが決まっていたから簡単なのですが、地方に住んでいる人は公共交通の利用なしでどうやって帰れるのかと思います。現実的な要請とは思えません。
ところで「不要不急の外出」って、具体的にはなんでしょうね。たとえばベルリンでは、コロナ制限下での生活を送っていたときも、健康維持のための散歩は許されていました。14日間一歩も外に出ないとコロナの感染は防げるかもしれませんが、心身ともにおかしくなりそうです。それで聞いたんですよ、散歩に出ていいかどうか。
答えは「散歩は不要不急である」と。つまり、控えろということです。たとえば、食料がなくて買い物に出るのは必要な外出なのでよいとのことでした。どちらかというと買い物のほうが人とのコンタクトがあるので感染リスクが高そうですが、食べるものが何もなければ買いに行くしかないのも理解できます。
そんなやり取りがあり(別に喧嘩腰ではなく、普通の質疑応答です)、最終的に自分の中で「不要不急かどうかは自分で判断する」と決めました(説明受けてる意味がない?)。
厚労省から帰国者を対象にしたアンケートが14日間あるという説明も受けました。LINEで連絡が取れる人にはLINEを通じてアンケートに答えられるそうなので、私はそうしました。実際にアンケートが始まったのは帰国後4〜5日経ってからで、待機期間の14日間を過ぎたら来なくなりました。アンケートの質問は2つあり、1つめは自分や家族が37.5度以上の発熱がないか、2つめはせきや喉の痛みなどの症状がないかどうかでした。
成田空港でのPCR検査
説明後は、いよいよPCR検査。鼻の穴に綿棒を突っ込む検査です。
検査前に検査方法をビデオで流していました。それによれば、椅子に腰かけて、顔をやや上向きにしていればいいようです。不安はありましたが、無料でPCR検査を受けられてラッキーという気持ちもありました。
ほとんど待つことなく、空いているコーナーに呼ばれました。「はい、ではお荷物はここに置いていただいて......こちらにおかけください」。検査員の方の指示に従い、椅子に座ります。
「左右どちらの鼻の穴が入りやすいか、人によって違いがあるんですよ」とのこと。まずは右の鼻の穴に綿棒がスルスル......と入ります。綿棒は長くて細いもので、それほど痛くはありませんでした。でもどうやら右側は入りにくかったようで、次は左側に綿棒が。今度は奥まで届いたようで、無事に検査終了となりました。
「万一今後またPCR検査をするようなことがあれば、左側のほうが入りやすいです」と教えてもらったので、忘れないためにも書いておきます。
私は左の鼻の穴のほうが、綿棒が奥まで届く。
検査自体は5分もかからなかったと思います。帰国前に検索した情報では、空港で何時間も待たされたという体験談も出てきたので私もそれなりに覚悟はしていましたが、私のときは待ち時間はほとんどなく、非常にスムーズでした。
私の場合は家族が空港まで迎えに来ていると言ったためか、検査結果を待たずに検査終了後はそのまま帰宅できました。検査結果がLINEで届いたのは、検査から2日後。結果は陰性でした。
ドイツを発つ前は「とにかく無事に帰国できればよし」とだけ思っていたので、あまりにも順調な帰国に拍子抜け。ともあれ、ひと安心しました。
これからは東京の生活が始まります。
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「あなたのことは好きだけど、もう一緒にいられない」
こんな理由で別れを切り出す人を、私はクソだと思っていた。そんなのはきれいごと。なのに、いまの私のベルリンに対する気持ちは、それしか表現しようがない。
私は日本に本帰国します。
日本への本帰国を考えはじめたのは3〜4年ぐらい前からでした。ベルリンで好きな場所が年々消えていき、来た当初のようなワクワクした気持ちになることは少なくなりました。
街は生き物だから、変化するのは当たり前。私だってもう長いこといるのだから、新鮮な気持ちが薄れていくのは当然です。でも寂しく感じることが増えました。
ただそれは私にとってはそうだというだけで、ベルリンという街の魅力がなくなったわけではありません。たとえば、以前は日本人がベルリンで就職するなんて考えられなかったと思います。ベルリンは大企業がなく、ドイツ国内ではほかの大都市に比べて失業率が高かったので、ドイツ人ですら就職が難しいと言われていましたから。
でもいまは違う。この街で、企業で活躍している若い日本の人たちは何人もいます。気の利いたものや、おしゃれな場所も増えました。いまのベルリンのほうが好きな人、いまのベルリンだから暮らせる人はいるでしょう。
あの頃はよかった、と言う趣味は、私にはありません。ベルリンの発展と私の人生がシンクロしていたと感じられた時期が終わったのなら、それはもう日本に帰るときなのだと思います。
ベルリンで会った何人もの日本人の方から、私の本や記事でベルリンを楽しみました、ベルリンに来るきっかけになりました、というお言葉をいただきました。とてもうれしく光栄で、ちょっと涙ぐんだりもします。と同時に、責任も感じます。
私は情熱を注げるものしか書けない。生半可な気持ちでだましだまし続けるのは、自分に対しても読む人に対しても誠実ではないはずです。
私の目標は、「よく生きる」こと。 別の言葉でいえば「生き切ること」です。そのために、そろそろ環境を変えるときだと、心が言っているのだと思います。
日本の家族も大きな存在でした。正確に言うと、日本にいる私の夫と両親です。私がベルリンで家庭を持っていたのであれば話はまったく別ですが、私はベルリンが好きだという理由だけで、ひとりでずっと暮らしてきました。でも両親も高齢だし、自分自身も年を取ります。大切な私の家族と、もっとたくさんの時間を共に過ごしたいと思うようになりました。本帰国自体は昨年すでに決めていましたが、その後コロナ禍が訪れて、その気持ちが一層強くなっています。
これまで何も言わずに私の滞在を受け入れてくれた家族には、感謝の気持ちしかありません。
本帰国で家を整理していて、これまでいかに多くの人に支えられて来たかを改めて実感しました。ここで出会ったすべての人に、ありがとうございました。
ベルリンはいまも大好きです。だから来年また来ます。
それまでの間、さようなら。またすぐに。
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(*ベルリンのお店やライフスタイルに関しては、ベルリン情報ブログ「おさんぽベルリン」をぜひご覧ください。バリバリ書いてます)
昨晩、6週間の一時帰国からベルリンに帰ってきました。帰国中のことをこの「クボタマガジン」ブログで全然書いていなかったので、遅ればせながらご報告です。ズュルト島の旅行記の続きは、また書きますので。
私は日本に一時帰国をすると、4〜5週間はいます。今回は6週間で、いつもよりもちょっと長めでした。
よく「日本で何をしているんですか?」と聞かれるんですが、原稿書きなどの通常業務のほかに、日頃お世話になっている会社にご挨拶や打ち合わせに行ったり、トークイベントなど日本でしかできないことをやっています。友人にも会います。そしてできるだけ家族と一緒に過ごします。なので私にとって一時帰国は、仕事とプライベートの両方を満たすもの。毎日があっという間で、6週間前の帰国直後がはるか昔のことのようです。
トークイベントは3回やり(イベントの事前告知をこのクボタマガジンでやらなくてすみません。告知関連は私のFacebookかTwitterをご覧いただくのが確実です)、大学の講義で3コマ分お話しもしました。
トークは、朝日カルチャーセンター横浜教室では「ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方」、日独協会では「ドイツでフリーランスライターとして働く」という内容でそれぞれ1回ずつ話しました。そのほか同じく日独協会主催のフェーダーヴァイサー(期間限定でしか飲めない若いワイン)イベントではゲストとしてプチトークを行いました。どれも話す内容も、ご来場者の方々の顔ぶれも違うので1回1回がまったく別の経験です。
特に日独協会の「ドイツでフリーランスライターとして働く」トークイベントは、私自身こうした内容をお話しするのは初めてなこともあって、ずいぶん喋りましたね。ご来場者は若い方が多くて、熱気を感じました。私も自分の仕事について、デメリットもたくさん伝えました。実際のところ、デメリットは多いですから。
大学でゲストスピーカーとして話すのは、私にとっても学びの機会。私が一方的に喋ってもいいんですが、学生さんたちのリアルな意見も聞きたくて、なるべく話してもらうように心がけました。だってなかなか大学生と話す機会はないですからね。どんなことを考えているのか知りたいんですよ。たとえそれが、講義という場での限られた本音だったとしてもね。
特に若い人には、自分がいま生きている世界以外のことも知ってほしいです。それが、自分の自由を広げることにつながると思うから。
イベントや講義、それに友人たちと話していて思うのは、ドイツ・ベルリンの暮らしのことは全然知られていないのだなあということ。まあ、当たり前といえば当たり前なんですが、これまで何十回、何百回と書いたり話したりしてきたので、日本ではもう少し知られているかなと勘違いしてしまうんです。でも、ドイツファンでもない限りは、ドイツの生活についてなんて興味ないですからね。
たぶん私は、ドイツファンではない人に対して、ドイツ・ベルリンのことを書いたり話したいんだと思います。その理由は2つ。
1つは単純にベルリンが好きで、そのよさを伝えたいから。
2つめは、日本とは違う世界を知ることで、自分や日本について見つめ直してほしいから。それが自分のより充実した暮らしや日本の未来につながると考えています。
現在のような、日本とベルリンを行き来する暮らしをずっと続けるとは思っていません。でもベルリンにいるうちは、これが私にできることという気持ちでやっていきます。
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(*ベルリンのお店やライフスタイルに関しては、在ベルリンガイドの松永さんとの共同ベルリン情報ブログ「おさんぽベルリン」をぜひご覧ください。バリバリ書いてます)
この内容は前回から続いています→ドイツ最北端の島Sylt(ズュルト)へ・計画編
■ベルリンからズュルトへ
切符もホテルも予約していざ出発当日。私にしては早めの出発時刻だったにもかかわらず、緊張して30分ぐらい前にベルリン中央駅に着く。市内公共交通は数分程度の遅れはザラで、それが重なれば下手をすると遅刻してしまうからだ。だから大切な用事のときは、相当余裕を持って行動するクセが染み付いている。いいんだか悪いんだかわからないが、ドイツに住んでからは、最後の最後まで油断できないと思うようになった。
中央駅は早めに着いても、カフェやパン屋などがたくさんあるから時間をつぶすのには困らない。車内で食べようと、朝食用のパンを買った。コーヒーは迷った挙げ句に買わずじまい。ズュルトは物価が高い。これから3泊もするのだ。さして重要でないテイクアウトのコーヒーよりもほかに、お金を使うべきものがあるはず。要は貧乏性なだけだが。
地下ホームの乗り場に行くと、列車は既に到着していた。予約した座席の車両に乗り込む。まずはベルリンからハンブルクまでインターシティ(都市間急行)で約2時間半。そこからRE(地域快速)に乗り継いで3時間とちょっと。ハンブルクから先のほうが時間がかかるのか。じゃあパンを食べるのはいつにしようか......などと、どうでもいいことを考えるうちに列車は動き出した。
ほぼ定刻通りの走行。日本では当たり前かもしれないけれど、ドイツにいるとそれが奇跡に思える。全国を走るドイツ鉄道の遅延は、市内交通に勝るとも劣らないから。というよりも、走行距離が長い分、市内交通よりもトラブルがある印象がある。
ハンブルクで乗り換える。ズュルトは島なので、到着するまでに海を渡ることになる。これが既にこの旅最初のハイライト。車窓から見える本土の陸地がだんだん狭まって、左右から海が迫ってきて......そして最後は海ばかりになる。その興奮をもう一度味わいたかった。
ハンブルクからズュルトまでの地域快速は空いていた。数時間乗って、本土最後の駅を出る。さぁ、もうすぐ。もうすぐ左右が海だけになる。カメラを持って待ち構えた。
本土最後の土地には、もう木も家もない。草原で羊たちが草をはんでいるだけ。その草原が少しずつ細くなる。やがて羊たちもいなくなり、緑色の陸地が水になっていく。海だ。海の上を走っている。
本土と島の間は、盛り土がされて線路が通っている。ズュルトに着いてから知ったことだが、1927年に島と本土を結ぶ鉄道が開通した際には賛否両論あったらしい。鉄道が通ることで、島独自の文化が薄れてしまうのではないかという懸念があったそうだ。でも、いま私はこうして鉄道で島へと走っている。うれしい。
やがて左右の窓に再び草原が現れた。草原の面積はどんどん大きくなり、私はズュルト島に上陸した。
■バスの切符購入のミッション達成に満足
ズュルトに上陸してから駅は3つある。私が降りるのは終着駅のWesterland(ヴェスターラント)。前回も書いたように、この駅周辺がいちばんにぎやかだ。車で移動しない私は、駅から徒歩で行ける場所にホテルを取ったのだ。
ホテルでのチェックインを済ませたら、荷物を置いてすぐにまた駅へ。駅前のツーリストインフォメーションで、バスの切符について3日券を買うべきか、2日券で足りるか相談したかった。
「3日めの移動があなたのプラン通りだと、2日券を買って3日めはその都度切符を買ったほうが安いけれど、もし3日めにほかのエリアも行くのなら、3日券のほうがお得ですね」
と言われ、その場で3日券を購入。26.10ユーロなり。これ1枚で、明日から島内どこへでも行ける。
時間はまだ夕刻。切符を買うというミッションを達成して満足。美しいヴェスターラントの駅舎を撮影した後は、そのまま歩いてビーチへと向かった。
■白く光る海辺へ
ズュルト島は北海とワッデン海に囲まれている。私が訪れたのは9月下旬なので、いずれにせよ海水浴シーズンではない。けれども人気リゾート地のズュルト、それもいちばんの繁華街に面したビーチは散歩する人々でにぎわっていた。海は夕日で白く光っている。
白い砂浜には、シュトラントコルプというドイツ発祥の屋根付きベンチが並んでいる。この風景がとても好き。
せっかくの浜辺なのだから寝転べばいいと思うかもしれないけれど、ドイツの海辺は風が強いためにこのベンチが生まれたそうだ。発明されたのはこの北西部ではなく、バルト海側の北東部で、屋根部分のカーブに違いがあるという。でもどちらも籐で編まれていて、海辺の風情がある。ドイツの海だ、と思う。
街の酒場で1杯飲むと、もう日は暮れていた。
(次回に続く)
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■はじめに
2019年9月の終わりに、ドイツ最北端のSylt(ズュルト)島へ旅行しました。その旅行記を何回かに分けて書き留めておこうと思います。
その前にちょっとご説明を。この旅行記は、私自身が書き記しておきたいという思いから書きます。でもせっかくなら、この記事を読んでくださった方がSyltに興味を持ったり、実際の旅行の際に情報としてお役に立ったらいいなとも思います。ですので、私の個人的な旅エッセイであると同時に、観光ガイド記事としての役割も多少意識して書くことにします。
***
■19年前にできなかったことを、いま
そもそも今回の旅の発端は、初めてSyltを訪れた2000年に遡る。その年の夏、私はドイツのケルンに2ヵ月間ホームステイをして語学学校でドイツ語を習い、その後1ヵ月かけてドイツを旅していた。行きたい場所を大まかに挙げて、あとは成り行きまかせのひとり旅だった。
旅のお供は『地球の歩き方 ドイツ』1冊。当時はインターネットは既にあったものの、情報はごくごく限られていた。当然、SNSもスマホもなかった。パラパラと『地球の歩き方』のページをめくっていると、Syltの欄に「茅葺屋根の家が見られる」という一文と、その写真が載っている。「いいな。見てたい」と、気ままな旅の行き先にSyltが加わった。
Syltは島だが、鉄道で行かれるらしい。とりあえず島の終点駅であるWesterland(ヴェスターラント)までの切符を買い、列車に乗った。ホテルは取っていなかった。島だから簡単に一周できるとでも考えたのだろうか、宿泊するつもりでなかったのだ。
ところが島に上陸すると、どうやら思いがけず広い様子。しかも茅葺屋根が多いというKeitum(カイトゥム)までどうやって行けばいいのかわからない。Keitumへの行き方を尋ねるにしても、習ったばかりのドイツ語で聞くのが気が引ける。夏だったこともあり、駅周辺はバカンスを楽しむ家族であふれている。なぜ私はここにいるの......。結局Westerlandの駅周辺を数時間ウロウロしただけで、次の行き先へ向かったのだと記憶している。
それほど後悔はしていないつもりだったのだが、「茅葺屋根見学未遂」の気分は意外と尾を引いていたようだ。あれから19年が経ち、その間に茅葺屋根の家を見せてもらい、自分の本(『かわいいドイツに、会いに行く』)にも書いたのだが、それはSyltではない島。茅葺屋根の内側が見られて非常に満足したのだが、それとは別にSyltのことがときどき頭をよぎった。
■Syltはドイツ最北端の島
ここでSyltについて説明を。Syltはドイツ最北端の島で、北フリースラント諸島のひとつ。北海とユネスコ自然遺産に登録されているワッデン海に囲まれている。
下のドイツ全国地図(クリックで拡大)で、いちばん上の部分にDÄNEMARKと書かれているところがデンマーク。そのすぐ左横にカタカナの「ト」の字のような島が見えるはず。
拡大した地図が以下のもの(クリックで拡大)。
上の地図の左上にSyltと書かれた南北に細長い島。その右側、本土に描かれている黒い実線はドイツ(南側)とデンマーク(北側)の国境線。Syltの北側に位置しているRömという島は、もうデンマーク領。ドイツ本土とは鉄道でつながっている。
私が抱いていたSyltのイメージは茅葺屋根の家と灯台、それからセレブが集まる高級リゾート地というものだった。
■島内の公共交通・宿そして鉄道
Syltに行きたいと19年越しにぼんやり思っていたけれど、これまで本腰を入れて計画しなかったのは、島内の交通の便が悪いのではないかと勝手に想像していたから。私は車を持っていないから、公共交通がないと困る。でもそろそろ行っておかないと、いつ何が起きるかわからない。ならば冬になる前に行かないと。
そこでちゃんと調べてみると、島内にはバス路線が密に張り巡らされていることがわかった。なんだ、全然問題ないじゃん。そこから一気に現実的に考え始めた。
まずは宿泊場所。Sylt島内で最もにぎやかな場所は、鉄道の終着駅があるWesterland(ヴェスターラント)なので、その辺りのホテルを探すことに。駅から歩いて行ける場所なら、車もいらないし、食事にも困らないはず。なんせ高級リゾート地なのでホテルの価格帯も高いけど、ネットで検索してなんとか払えるホテルを見つけた。
次は滞在日数。2泊? それとも3泊?
私がSyltで見たいものは、事前にネットでいろいろ調べて決めていた。茅葺屋根の家。島にある灯台5基すべて。博物館2館。海辺。これらをすべて行こうとすると、2泊ではまず無理だろう。段取りがうまくいったとして、3泊でちょうどいいくらいか。しかしホテルは高い......。悩んだ末に、やはり3泊することにした。今回行ったらもう二度と行けないかもしれない。ケチって2泊にして心残りが生まれたら、一生後悔するかもしれない。そして旅行を終えたいま、それは正解だったと確信した。
ホテルをネットで予約した後は、ドイツ鉄道の予約。これもネットで。ハンブルク乗り換えで、約6時間で到着する。
ベルリン〜ズュルト間は、鉄道のほか毎週土曜にeasy jetが直行便を飛ばしている(2019年9月現在)。でも私の頭の中には、鉄道以外の選択肢はなかった。それは以前の記憶があるから。
19年前、ドイツ本土からSylt島へ鉄道で渡ったとき、途中から陸がなくなり、海しか見えなくなった。右も左も、海。この辺りは干潟で、盛り土の上に引いた線路を鉄道はひた走り、島へと向かう。それにとても感動した。あの感動をもう一度味わいたかったから、鉄道しかあり得なかった。
あとは、島にある5基の灯台の中でただ一つだけ見学できる灯台のガイドツアーをネットで予約。これで出発前の準備は済んだ。お天気がよくなることを祈って、出発の日を待った。
(次回へ続く→ドイツ最北端の島Sylt(ズュルト)へ・1日め「鉄道で海を渡る」
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初ジョージア(グルジア)旅行の覚え書き、その2。その1はこちらをご覧ください。→初めてジョージア行ってきた。その1
■首都トビリシの宿は超フレンドリー
宿はいつものごとく、ホテル予約サイトのBooking.comで口コミ欄を参考に予約。レセプションとかがある、いわゆる普通のホテルかと思いきや、行ってみるとアパートホテルだった。
ホテルに到着すると、共同使用だという広いリビングルームの一角にあるキッチンに、切ったメロンと赤ワインのグラスが置かれており、オーナーの女性と、その夫という男性がニコニコしている。
「さあ食べて」と、チェックインもそこそこにみんなでワインで乾杯し、プチ宴会状態に。
「これは友人の農園でできた赤ワインなんだ」と、男性がなみなみとグラスに注いでくる。「今日は朝から友だちと飲んじゃって」と、どうやらだいぶできあがっている様子。それを横目に、オーナー女性はニコニコしている。親戚の家に来たようだなと思う。
メロンも赤ワインもうまかった。素直なおいしさは、ジョージアの食べ物すべてに通じるのかもしれない。
ちなみにチェックアウトの朝も、桃とコーヒーを出してくれた。
オーナーの夫はアーティストだそうで、息子も絵を描いているとのこと、そのせいか、室内は絵画やアンティークや天井に逆さまに固定されたテーブルやらが飾られていて、なんとも面白い空間だった。さらにアパートの入り口や廊下も似たようなテイストだった。どういう人たちが住んでいるのだろうか。
■英語はかなり微妙
上記の宿での会話からは、お互い流暢な英語で話しているように思われそうだけど、これがなかなか微妙だった。現地の人と会話をした場はホテル、レストラン、お店、携帯ショップで、数十人程度と話しただけだが、その中で流暢な英語を話した人は2人だけ。英単語の羅列という状態の人もいた。私も人のことはまったく言えないレベルでどっこいどっこいなのだが、それでも宿泊や買い物程度なら意思疎通は十分にできる。
■アルファベットが読めないタクシー運転手
現地の人は英語はそれほど話せなくても、アルファベットは読めるのかなと思っていた。が、中には読めない人もいるようだ(その割合は不明)。
それがわかったのは、タクシーに乗ろうとしたとき。帰路のフライトのためにトビリシからクタイシへ長距離バス(後述)で戻り、そこからホテルまでタクシーで行こうとしたところ、アルファベット表記によるホテル名を見せても、運転手はわからなかったのだ。運転手は持っていたスマホをこちらに渡して「ここに喋って」と言う(そのように運転手が言っているのだろうと理解した)。スマホに翻訳アプリが入っているらしい。
しかし何回かトライしても無理。結局「あのホテルで聞いて」と、タクシーから目と鼻の先にあるホテルを指さされた。
■「うちに泊まってけ」
タクシー運転手から言われたホテルに行き、レセプションで事情を説明。すると中から男性が出てきて「うちに泊まっていけ」と言い出した。いやいや、もう別のホテルに予約取ってるから、そこに行きたいんだけど......。確かに、ホテルのレセプションで別のホテルについて問い合わせるのもどうかと思うのだが、ほかに手段がないから仕方ない。
最終的にそのホテルの男性が、こちらが予約しているホテルまで車で送ってくれることになった。料金は10ジョージアラリ(1ジョージアラリ=約37円、2019年7月現在)。車は日本車。日本語で「ディスクをセットしてください」というような内容が画面に表示され、機能しないままのカーナビが車内にあった。
男性は「日本車。グッド、グッド」と話す。ジョージアでは日本車を見かける機会が数回あったが、いずれも日本語が表示されたまま機能しないカーナビが付いていたのが面白かった。
■トビリシ→クタイシ行きのバスとドライブインとトイレ
ベルリンまでの帰路フライトもクタイシから出発なので、トビリシからクタイシまで再び移動する必要があった。英語で検索すると、バスステーションからクタイシ行きのバスがあると書かれていたので、そこへ向かう。
着いてみると、そこそこ大きなバスステーションで、どこがクタイシ行きの場所だかわからない。館内のカウンターで「クタイシ?」と聞いたところ、あっちと言われ、教えられた場所で「クタイシ、クタイシ」と言うと、そこにいた女性が窓口に案内してくれた。
お金を払ってチケットをもらうと、そこに書かれていた文字はすべてグルジア文字で、内容が正しいかどうかまったくわからず。しかし、車内には女性のバスガイドがおり、問題なかった。
バスは昼12時に出発予定だったはずだが、11時半に私がバスステーションに着いたときには既にお客を乗せたバスが停車しており、バスは11時45分頃に出発した。満員になったのだろう。もし12時間際に行ったら、クタイシ方面のバスはもうなかったのだろうか。それはわからない。
バスが出発すると、同乗のバスガイドが「コーヒー? ティー?」と席を回り始めた。これは往路のジョージアンバスにはなかったサービスだ。紅茶を選ぶと、ティーバッグ入りのカップを渡され、お湯が注がれた。
乗車時間は往路同様、約3時間。その間、1回ドライブインでトイレ休憩があったのも、往路と同様。しかし、そのドライブインの内容が、往路とはまったく違っていた。
休憩で到着したのは、村のレストハウスといった趣の、平屋建ての小さな家。壁には料理の絵に "Anadolu" と書かれているので、どうやらトルコ系らしい。中に入るとだだっ広い食堂が広がっていて、共産主義を感じた。共産主義のものだかは知らないが。
ちなみに往路のバス同様、特に集合時間は知らされず、乗客が戻ってきたのを確認して適当に出発するようだった。休憩時間は、だいたい20分ぐらいだったか。
トイレは後方にあるらしく、行ってみると専用の小さな建物が。トイレ使用は有料で0.50ジョージアラリ。
ちょっと臭うので大丈夫かなと個室に入ると形は和式で、なんと水洗ではなく、傍らに桶と柄杓が置いてある。バリ島のトイレに似ていたが、バリ島とは違ってトイレットペーパーはあった。
私がジョージア(グルジア)を、「ヨーロッパでも、アジアでもないどこか」と感じたのは、こういう経験も理由の一つ。
■スマホの現地SIM
人はスマホなしでは生きられなくなりつつある。私もそうだ。私のスマホの契約はEU内ならローミングなしでドイツ国内と同様に使えるが、ジョージアはEU加盟国ではない。
そんなときは、現地でSIMを買うのがベストだと思う。SIM購入カウンターはクタイシ空港出口のほか、街なかにもショップがある。料金プランは何種類かあったが、今回選んだのはMAGTIというキャリアのデータ通信のみ(通話なし)プラン。3GBで1ヵ月間有効、約500円だった。
■なぜか深夜まで営業の薬局が多数
トビリシ、クタイシともに目立ったのが、深夜まで営業している薬局とドラッグストア。しかもそれが数店舗並んで立っている。そんなに薬の需要があるのだろうか。謎だ。ちなみに両替商も同様に多かった。
■カードは非接触タイプが主流らしい
クレジットカードは、レストランやショップではかなり使える印象。ホテルは、アパートホテルだったせいか、カード使用不可だった。
カードは非接触タイプが主流らしく、こちらがカードを出すと、店員はまずは機械にカードをかざそうとしていた。しかし何も起きないので、あ、ダメかといった様子で、カードを機械に挿入していた。
■端末機が街角にたくさん設置されている
使わなかったのでイマイチ不明だが、街角にたくさん端末機が設定されていた。これで切符が買えたりタクシーが呼べたり、マルチに使えるようだった(実際のところは不明)。
■建設中途のまま廃墟化(?)した建物
建設中だったと思われる建物がそのまま放置されて廃墟化した物件をいくつも見た。資金的に頓挫したのだろうか。20年以上前に訪れたバンコクでそういう物件をよく見たが、ジョージアにもあったのかと驚いた。
以上で、初のジョージア旅行で気づいたことはだいたい書き留めただろうか。自分への覚え書きのようなものだけれど、これから行く方への参考にもなれば幸いです。
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初めてジョージアに旅行した。以前はグルジアと呼ばれていた国。もともとソ連の構成国で、グルジアはその時代の表記だった。だけどロシアと戦争し断交したことから、ロシア語読みだったグルジアから、英語読みのジョージアへ変更するように政府が決めたという。
ジョージアへ行こうと思った理由は、Twitterで海外在住日本人の方たちからジョージア情報をチラチラと聞いていたから。その内容の多くは「日本人はビザなしで最長1年間滞在できて、食べ物がおいしいし、物価が安いからおすすめ」というもの。
私にとってはまったく未知の国で、どんなところだか自分の目で見たかったし、ベルリンからジョージアのクタイシまではLCCで直行便が出ているから行きやすいと思った。
行くなら早いほうがいいだろうなとも思った。街は生き物だから、いつか行けるときにと思っている間にどんどん変わってしまう。それはベルリンに住んでいてもわかること。
結果として、ジョージアはとても面白かった。私としては「食べ物がおいしくて物価が安い」よりも、文化の面白さに惹きつけられた。旅の記憶が消えないうちに、ここに覚え書きを。ただしあくまでも、数日いただけの、現地語も国についての知識もない旅行者としての印象で、何かを理解しているわけではないです。
■「ヨーロッパでも、アジアでもないどこか」+「共産主義の香り」
「ヨーロッパでも、アジアでもないどこか」+「共産主義の香り」。とにかくジョージアの印象はこれ。初日に首都トビリシの街をウロウロしてそう思った。建築はアール・ヌーヴォーと思われるものも多くてそこはヨーロッパなのだが、その合間にアジアっぽいゴチャゴチャ感や、いかにも社会主義的な団地とかが全部一緒くたで、それが面白かった。
「なんだかヨーロッパでも、アジアでもない感じ」と宿の女性オーナーに話したら、「そうかもね」という反応だった。
■旅の計画・ベルリン〜ジョージア間のフライト
ベルリンからジョージアまでの直行便を調べるとGeorgian Airwaysと、ポーランドハンガリー(2020年3月7日追記:ポーランドではなくハンガリーでした。ご指摘をいただき修正しました。)のLCCであるWizz Airが出ていた(2019年7月現在)。Georgian Airwaysは首都トビリシ行きで、Wizz Airのほうはトビリシから約230km西へ位置する、ジョージア第2の都市クタイシ行き。
トビリシを観光したかったのでGeorgian Airwaysのほうが便利だったのだけど、日程や料金の関係でWizz Airを予約。フライト料金は、季節や予約時期によって大きく変動するけれど、私のときはベルリン〜クタイシ往復で約300ユーロだった(1ユーロ=約120円、2019年7月現在)。オンライン上で予約・支払い完了。
■旅の計画・クタイシ空港〜首都トビリシへの移動
クタイシ空港に着いたら、トビリシまでの移動が必要。そこでググってみる。ここで大切なのは、日本語ではなく英語でググること。そのほうが情報が桁違いに多いから。特にジョージアは日本人旅行者がまだ少なさそうなので、日本語情報は限られたものしか出てこない。中学校で習った程度の英語ができればわかると思う。私にもわかったし。
で、出てきたのが以下の情報。
クタイシからトビリシへの行き方(英語)→
https://www.theworldwasherefirst.com/kutaisi-to-tbilisi/
上記サイトから、クタイシ空港からトビリシまでは、エアポートバスが出ているらしいと判明。さっそくそのリンクへ飛ぶ。
GeorgianBus→https://georgianbus.com/new/?lng=eng
GeorgianBusのサイトで英語を選んで予約完了。ところが、予約完了メールの文字がグルジア(ジョージア)文字で何が何やら。なんとなく画面のノリで「予約できてるんだろうな〜」という感じ。カードでオンライン上で支払ってるし。予約済み(らしき)チケットをプリントアウトして持参した。
実際に空港に着いたら、出口に "GeorgianBus"と車体に書かれたバスが停まっていて、まったく問題なく乗れた。所要時間約3時間で、途中1回ドライブインで休憩あり。長距離バスなのに、車内にトイレはなかった模様。
帰路のトビリシからクタイシまでの移動は、別会社のバスに乗ったけど、ここで途中休憩したドライブインは超ローカルでびっくりした。それについては、次回に。(2019年7月26日追記:この記事の続編を公開しました→「初めてジョージア行ってきた。その2」
■手強いグルジア(ジョージア)文字
ジョージアには、独自のグルジア(ジョージア)文字があるってことを今さらながら知った。ロシア語のキリル文字とは違うクルクルした文字で、どっちかというとタイ文字の見かけに近いか?
街なかの看板とかはアルファベットも併記されているけど、グルジア文字だけだったら取り付く島もない。お手上げ状態。だけど、観光する範囲ならまあまあ大丈夫だった(大丈夫じゃなかったのはタクシーの運転手で、これについては後半で)。
■山がちな風景は日本に似ている?
クタイシからトビリシまでの道中は、ほぼ山道。さすがコーカサス地方。見渡しても山と谷、川がずっと続いていて、ちょっと日本の風景に似ている気がした。ベルリンは山がないからよけいにそう思うのかもしれない。途中、路肩で素焼きの巨大な壺やハンモック、フルーツなどを売っている売店をたくさん見た。あの素焼きの壺はジョージアワインに使うのだろうか。
■治安は良さそうな首都トビリシ
山々を越えて、バスは無事にトビリシのLiberty Square(グルジア文字ではこう書くらしい→თავისუფლების მოედანი)に到着。そこからホテルまでは数kmのはずなので、タクシーに乗ろうと計画していた。
バスを降りると、待ち構えていたように「タクシー、タクシー」と人が寄ってきたけど、ボラれるのを警戒して別の場所から着いたばかりのタクシーに乗車。なんのトラブルもなくホテルに着いた。
街なかを歩いても、あまり危険そうな匂いはしない。中心地は、日没後も観光客や子どもがいて安心して歩けた。
■ブルカ姿の女性が歓楽街を闊歩
目立ったのが、ブルカ(目の部分だけ出た、イスラム教女性のヴェール)姿の女性。女性同士数名や、男性とともに夜の繁華街を歩いたり、カフェで飲み物を飲んだりしている。たぶん観光客のようだけど、どこから来ているのだろう。
ブルカやヒジャブを身に着けたイスラム教の女性がそんなふうに街で歓楽する姿を、ベルリンでは全然見たことがない。街を歩いてはいるけれど、歓楽はしていない。だからとても驚いた。そのことを話したドイツ人も驚いていた。ひと口にイスラム教の女性と言っても、居住国や宗派で行動規範も全然違うのだろう。そんな当たり前ともいえることに気づくのも、旅というもの。
■飲食店ストリートのDavit Agmashenebeli Ave
ホテルからほど近いDavit Agmashenebeli Aveという通りへ。昼よりも夜のほうがにぎやか。
左右ぎっしりと飲食店が並んでいて、「ジョージアンキュイジーヌ」と熱心に客引きが話しかけてくる。でも危なそうな雰囲気はなく、ラウンジ風のテラス席(低いソファ)ではみんな飲食や水タバコ(シーシャ)を楽しんでいる。フッと水タバコの甘い香りがかすめる。私は食へのこだわりがそれほど強くないので、適当なレストランに入ってジョージア料理。
建物は3階建て程度の低層で、表面はきれいにリノベーションされているようだった。
■ジョージア(グルジア)料理とワイン
なんの予備知識もなく食べたジョージア(グルジア)料理。肉、野菜、スパイス、小麦、チーズなどを多用するのかな、という印象。やはり山がちな国だからか。
スパイスは使われていても、辛くはなくてマイルド。味付けはクセがなくて、日本人に馴染みやすいと思った。正直に言うと「これまでの人生で経験したこともないほどトレビア〜ン(なぜフランス語)」ではなかったけど、「素直なおいしさ」とは思う。「食べやすい」という表現が正確かもしれない。
どこのジョージアレストランにもあったのが「ヒンカリ」。いわゆるジョージア版小籠包で、噛むと中から肉汁がジュワ~。しかし1個1個が大きくて、ひと口で食べきれないのが悩み。焼いたもののほかに、スープ入りバージョンもあった。
ワインは赤白ともにスルスル飲めるおいしさだった。やはり「素直」と表現するのがしっくり来る。辛口もあるけどセミスイートも豊富で、これがとても飲みやすかった。料理にも合う。
ちょっと長くなったので、ここまでで前半ということで。後半に続く。
(2019年7月26日追記:後半はこちら→「初めてジョージア行ってきた。その2」
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このたび「ベルリン酒場探検隊」というブログをはじめました。
https://note.mu/berlinsakaba
ベルリンにある、おしゃれとは無縁の場末感漂う酒場(ドイツ語でいうクナイペ)に突入して、レポートするブログです。
なぜそんなブログをはじめたかというと......。
このページの冒頭にあるように、ベルリン情報については現地ガイドの松永さんと一緒に「おさんぽベルリン」というブログで書いています。松永さんも私も、ビールが大好き。
ある日いつものごとく2人でビールを飲んでいるときに、「酒場(クナイペ)ってかなり入りにくいけど、思い切って入ってみたら楽しい」と盛り上がり、酒場探検をはじめることになりました。
自らに「ベルリン酒場探検隊」と名付けて酒場巡りをするうちに、それが高じて「ベルリン酒場探検隊」ブログを開設することになったというわけです。
すでに数本アップしているのですが、これからご覧になる方は第1回の「ようこそベルリンの酒場へ」からお読みいただくのがいいんじゃないかと思います。
酒場って、とにかく入りにくいんです。私たちは外国人なので、なおさらのこと。日本でだって、常連さんで埋まっているような小さな縄のれんには、一見ではなかなか入れないじゃないですか?
「物好きだな〜」と呆れられるかもしれませんが、本人たちはかなり楽しんでいます。超ローカルなベルリンの酒場(決しておしゃれなバーではないです)情報なんて、たぶんめったにないでしょうから、温かく見守っていただければ幸いです。
ちなみにブログで紹介している酒場は、観光での行き先としておすすめするわけではなく、入ってみたらこんなだった、というレポートです。なので、住所とか営業時間は載せていません。もし私たち「ベルリン酒場探検隊」と一緒に行きたいという方はガイドもしますので、メール(info@kubomaga.com)をお送りください。
5月16日追記:「ベルリン酒場探検隊」ブログを始めたのは上記の理由からなのですが、そもそもなぜローカルな酒場に行くようになったのかは、先日「海外を知って楽しむエンタメマガジン 海外ZINE」にて「街が変われどクナイペは街角に...どっこい生き残るドイツ・ベルリンの酒場文化」という記事で書きました。そこにあるように、私のベルリンへの想いがいろいろと変化した結果なんです。よろしければ、こちらの記事もご覧いただければうれしいです。
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年も明けてしばらく経ちましたが、いかがお過ごしでしょうか。遅ればせながら、2019年もよろしくお願いします。
私は元旦から右目のコンタクトレンズをなくすという、なかなかな新年のスタートでした。ちょっと手元が狂って右目をぶつけてしまい、気がついたら右側だけ視界がぼんやり。「うわ〜、レンズがどっか行った」と慌てふためいて足元を探したものの、まぁ見つかりませんでしたよ。室内ならともかく、外でしたしね。
私はコンタクト歴数十年なんですが、これまで1〜2回しかなくしたことがないんです。なのに元旦早々、しかも旅先で。ヘコみました......。
これまでつけていたコンタクトは、いま主流の使い捨てタイプではなく、O2ハードコンタクトレンズ。コンタクトを使い始めた最初の数年を除いて、ずーーーっとO2ハードです。使い捨てタイプを試してみたいと言ったこともありますが「あなたはできればO2ハードがいいですよ」と諭されてしまいました。アレルギーがあるし、あまりにド近眼だからなのかもしれません。
とにかくコンタクトなしでは生活できない私、レンズがなくなったら買うしかないけど、じつはドイツで買ったことがなくて。勝手がわからないから、なんだか不安でね。ドイツ語が全部理解できるかな、とか。
でも次回の一時帰国までにはまだ間があるし、それまでメガネだけなんてとてもムリ。これはドイツでコンタクトレンズを作るしかないか......と一大決心したものの、さてどこに行けばいいのかわからない。ググってみるとドイツでは医師の処方箋がなくても自分のデータ(視力や眼のカーブ)がわかれば、眼鏡店や通販で簡単に買えるという情報が。なるほど、確かにスーパーの片隅にコンタクトレンズの自販機とかもあるしね。でも私は自分のデータを知らないから、とりあえずチェーンの眼鏡店に行きました。
ところが「コンタクトレンズを買いたいんです。これまではこういうのを使ってて......」とレンズの保存ケースを見せたその瞬間。店員さんに「あー、それは特別なレンズだからウチじゃムリです。ここに行ってください」と言われてしまいました。
そして教えてくれたのは、このコンタクトレンズ専門店。→
Kontaktlinsen Wahrendorf
その足でそのまま店へ。なんだか眼科医みたいなたたずまいです。受付で先ほどと同様に「コンタクトレンズを買いたいんです。これまで日本のを使ってたんですが、右目のレンズをなくしてしまって......」と話すと、「まずは検査のための予約が必要です」との返事。個人店なので、日本のチェーン展開のコンタクトレンズ店のように、その場でどんどん検査はできないようでした。
運よくその日の夕方なら予約が取れるとのことで、再度出直し。予約時間に行くと、以下のような順番で検査をしました。
1.問診票の記入
これまでのコンタクト使用歴や1日の装用時間、かかりつけの眼科医の有無などについて回答。
2.健康保険証の提出
ドイツの法定健康保険に加入しているかを聞かれたので、保険証を提出。
(法定健康保険で一部費用を補償してくれるとのこと。詳しくは後述)
3.視力、眼球カーブなどの検査
別室に移動し、コンタクトを作った方ならご存じの一連の検査。眼球のカーブを測定する機械が日本と違っていたような(しかし、日本で作ったのもかなり前なので記憶がおぼろ)。
4.説明
ハードコンタクトレンズの説明。2017年4月からコンタクトには法定健康保険が一部費用を補償してくれることになったとの説明も受けました(ただし条件があるので、誰にでも当てはまるわけではありません。詳しくはこちら(ドイツ語)→https://www.wahrendorf-kontaktlinsen.de/preise-kosten/)。
5.テストレンズを装用し、約30分後にレンズを入れた状態のまま検査
装着感や視力検査を経て、注文するレンズのデータを決定。
6.眼科医提出用の書類を受け取り、次回のレンズ受け取りの予約を入れる
健康保険で一部費用を補償してもらうためには、眼科医の処方箋が必要。そのための書類を出してくれました。1週間後に注文レンズを受け取れるとのことで、受け取り時の予約も行いました。
以上で、コンタクトレンズ専門店での初回検査は終了。
次にやることは、6.で書いた「眼科医提出用の書類」をかかりつけの眼科医に持参し、処方箋を書いてもらうこと。これは眼科医の受付に提出したら、その場で出してもらえました(支払いは不要でした)。
その処方箋を持って、1週間後にコンタクトレンズを取りに行きました。注文のコンタクトレンズを実際に装着して、再び装着感と視力の検査。「良好ですよ」とのことで、ひと安心です。
さらに洗浄液と保存液の使い方、保存ケースの使い方の指導を受け、次回の定期検診の予約(3週間後)を入れました。保存液は目に触れても大丈夫とのこと。保存ケースは日本のものとは違って(冒頭の写真を参照)、ソフトレンズケースのように蓋付きの平たい皿が水平に2つ並んでいるタイプでした。日本のケースのほうがレンズを固定できるので使いやすい気がするけど、ドイツのほうが使用する保存液の量は少なくて済みそうです。
健康保険の手続きはお店の方でやってくれるそうで、私はあとはもう3週間後の定期検査に行くだけ。
行く前は不安でしたが、問題なくドイツでもO2ハードコンタクトレンズが作れました。よかった〜、これで日常生活が送れる!
使い捨てタイプのレンズを使っている方は、こんな面倒なことをしなくてもいいと思います。私のようにハードコンタクトレンズをお使いの方は、ご参考になりましたら。
追記
私は、近くよりも遠くを見ることを重視してレンズを作ったので、コンタクトを入れた状態で本を読んだりするのがちょっときついです(老眼ともいいます)。こりゃいよいよ老眼鏡を作らなきゃいけないかなーと思っていたら、こういうのを見つけました。携帯できて出先でチャッとつけられる感じ。→https://www.nooz-optics.com/de/
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先日「新刊が出ますよ」とこのブログでお知らせしていましたが、ついに発売になりました! 『ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方』(産業編集センター)、全国の書店、アマゾンや楽天のネット書店で発売中です! 書店ではエッセイコーナーやライフスタイルコーナーで売られています。見当たらない場合は上にあるカバー写真を見せて店員さんに聞いてもらえると、書店さんが本書の存在を気にかけてくれるので、私への応援になります。
本の内容→https://www.shc.co.jp/book/9339
この本は、ストレスを減らしたい人、心穏やかに暮らしたい人へのヒントになるようにと願って書きました。ベルリン暮らしを通して学んだ、ストレスを溜めにくい考え方や行動を、衣食住とワーク・ライフ・バランス面から書いています。
ドイツ人も私自身も、もちろんストレスゼロではありません。でも、ちょっと違う考え方を知ることで心が軽くなったり、悩みが解消されることはけっこうあるものです。本書がその助けになれば本望です。
これは共著も含めて私の15冊目の著書になります。本を出すたびにいつも新たなことをしてきましたが、今回も大きな挑戦がありました。
それは初のエッセイ本だったということ。これまでは取材対象者や場所があって、取材した内容を書いていました。でも今度は違います。これまでの取材も含めて、ドイツでの記憶をかき集めました。これまで自分がドイツでどう過ごしてきたか、その内容を問われているようでとても緊張しました。
自分のことをこれだけ書くのも初めてでした。私の場合、ふだんの仕事では自分について書くことをあまり求められないんです。以前ある雑誌でちょっと自分のエピソードについて書いたところ、「それよりももっとノウハウ的な内容にしてほしい」と言われてしょんぼりしたこともあります。なのに、いざエッセイとなると、何をどう書いたらいいのやら。
それに、じつはこの数年、書くのにすごく時間がかかるようになっています。集中力が衰えてきているし(きっと年齢のせい)、ドイツについてどういうスタンスで書くべきか考えすぎてしまうから。
私はベルリンに住んでいるからドイツやベルリン情報を発信することが多いですが(というか、それがほぼ全て)、別にドイツがすごいとか理想の国と思っているわけではないです。ドイツはこう、ベルリンはこう、と言い切りたくもありません。日本だって各都市で違うし、一人ひとりも違います。ドイツ暮らしが長くなればなるほど、以前のように勢いに任せて書けなくなりました。
でも、「こんなケースも、あんなケースもあります」という表現では、読んでいる方もモヤモヤしてしまうもの。多少乱暴でもドイツはこう、と言い切ってしまうほうが読者としては快感だと思います。だけどそれはしたくない。
あれこれ悩んでしまって、1行書くのにも時間がかかってかかって仕方ありません。自分の力不足を感じてばかりの日々でした。編集者さんにも日本の家族にも支えられながら、どうにかたどりつきました。でも、そうした苦しみも含めて、この仕事で生きてこられたことはとてもありがたいです。
これからも一歩一歩進んでいきたいと思います。
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ご無沙汰しております! この夏はずーーーっと、新刊の原稿を書いてました。その本が11月14日に発売になります。
題して
『ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方』(産業編集センター)
現在、絶賛(?)予約受付中です!! お近くの書店で、アマゾンで、ぜひご予約ください! 新刊については、改めて後日詳し〜くご報告します!
そして新刊発売に伴い、今年もやります! トークライブイベント! ドイツ・ベルリンの写真をスライドでご覧に入れながら、「ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方」について喋りまくります! 東京で計2回やりますよ。詳細は以下をご覧ください。
2018年11月3日(土・祝)12:00-13:00
イベント名:「ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方」写真&トークライブ
会場:都立青山公園 ドイツフェスティバル会場内ワークショップテント
住所:都立青山公園 東京都港区六本木七丁目23 東京メトロ千代田線「乃木坂」5番出口 徒歩1分 ※都立青山公園には北地区(南青山2丁目)もありますが、そちらではありません。ご注意ください。マップはこちら→https://goo.gl/maps/uY7HG4Nvi2G2
ドイツフェスティバルサイト:https://www.facebook.com/Deutschlandfest
テーマ:「ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方」
会費:1,000円 (当日ワークショップテントにて現金でお支払いください。ドイツフェスティバル自体の入場は無料です)
お申し込み:お申し込みフォーム(こちらのURLをクリックしてください→https://form.os7.biz/f/30f899ec/)にお名前・メールアドレスをご記入の上、送信ください。フォームはお申し込み1名様につき、必ず1通お送りください。折り返しお申し込み確認メールが届きます。
定員:先着20名様
新刊発売前に、内容が聞けて本書掲載&非掲載写真もご覧いただけますよ!
会場のドイツフェスティバルは、本場ドイツビール・フードを味わえるビアガーデンあり、パンや雑貨販売あり、観光局やドイツ語学習、ドイツ企業の情報ブースあり、ライブステージありの楽しいイベントです。フェスティバルは入場無料。ドイツの雰囲気に浸れます。私のトークライブイベントでは、テント内にフェスティバル会場で購入されたドリンク・フードの持ち込み自由です。私もビール飲みながらやらせていただこうかな。
ドイツフェスティバルについて→https://www.facebook.com/Deutschlandfest
2018年11月29日(木)19:30-21:00頃(開場19:00〜)
イベント名:「ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方」写真&トークライブ
会場:西荻窪 旅の本屋のまど http://www.nomad-books.co.jp/event/event.htm
住所:東京都杉並区西荻北3-12-10 司ビル1F 中央線西荻窪駅北口 徒歩4分
マップはこちら→https://goo.gl/maps/TQm96Ld9N3L2
テーマ:「ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方」
会費:1,000円予定 (当日店頭入り口にて現金でお支払いください)
お申し込み:10月末頃から受付を開始いたします。お問い合わせは旅の本屋のまど(TEL&FAX:03-5310-2627)までお願いします。
定員:なんだか40名様ぐらいまで大丈夫なんだそうです。
おかげさまで毎年新刊を出版するたびに、「旅の本屋のまど」さんでトークイベントの機会をいただいています。今年も写真をたっぷりご覧に入れながら、喋りまくります! トーク終了後にサイン会も行います。店頭で私の新刊・既刊を販売していますし、既にお持ちの本にも喜んでサインいたします。会場は40名ぐらい入れるそうで、お申し込みが少ないと店長さんから「もう少しなんとか集まってほしい...」とやんわりプレッシャーがかかるので、お時間がありましたら、ぜひぜひいらしてください!
11月に東京で会いましょう! 楽しみにしています!!
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なんと! このたび生活情報誌 saita (セブン&アイ出版)5月号(明日4月7日、一部地域では本日6日発売)で、ベルリンのわが家の家事とインテリアが、ババーーーンと7ページも紹介されます!
題して「がんばらない家事」。
日本にいた頃は家事と仕事でいっぱいいっぱいでしたが、ベルリンで暮らすうちに、周りの影響ですっかりシンプルライフなりました。そうすると、とにかくココロがラク! ココロがラクになると、毎日が気持ちいい! これ、本当なんですよ。
今は「家事は、家の中が最低限回ればそれでいい」と思っていますが、不思議と家事もおっくうでなくなりました。私なりの暮らしの考え方、がんばらない家事、インテリアの工夫を、豊富な写真とともにご紹介しています。
もちろん、ドイツと日本では環境は違いますが、いろんな考え方を知るだけで、「こんなんでもいいんだ〜」と、ラクになれると思うんです。そのヒントになればうれしいです。
さらに! ベルリンの女性たちのお宅も、今後ご紹介する予定です。お楽しみにお待ちくださいね!
わが家とドイツの家事についてもっと詳しく知りたい方は、昨秋出版した『心がラクになる ドイツのシンプル家事』(大和書房)を併せてご覧ください。
さぁ〜、気持ちいい毎日を送りましょう〜。
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(*ベルリンのお店やライフスタイルに関しては、在ベルリンガイドの松永さんとの共同ベルリン情報ブログ「おさんぽベルリン」をぜひご覧ください。バリバリ書いてます)
あけましておめでとうございます。みなさま、よいお年をお迎えになられたでしょうか。
私は、いつになくゆっくりと過ごしていました。こんなに何日も仕事を離れたのは、本当に何年ぶりでしょう。
私は、自分が気になることを取材して書く、というライターの仕事がとても好きです。これまでこの仕事を続けてこられて、本当にありがたいと思います。
ベルリン暮らしもそこそこ長くなりましたが、この地で相変わらず日本とは違った視点・考え方を感じています。それを紹介することで誰かの心がラクになったり、何かを考えることにつながればうれしいです。
納得できる原稿を書くには、まず自分自身が日々を大切にしないと。
昨年はちょっと許容量を超えてパンクしかけ、周囲にご迷惑をおかけしたりもしたので、今年は自分のペースで進んでいきたいです(難しいんですけどね)。今年はできるだけ遊び、たくさんの体験を得たいです。
仕事に追われてこのクボタマガジンブログの更新が滞りがちですが、以下のSNSで仕事の告知や日々のことを随時アップしていますので、よろしければご覧ください(インスタは趣味で撮影している写真だけ)。
本年もよい年にしましょうね。
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