手放しで喜べなくなった不幸

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 7月になってからずっと涼しくて、今年の夏はもう終わったのかしらと思っていたら、ここ数日ようやく太陽が戻ってきてうれしい。こういうときは、すかさず外に出なければ。本当は湖に泳ぎに行きたかったけど、諸々の理由により断念、ピクニックに変更する。

 しかし、ピクニックもまた楽し。いそいそと弁当を作り、ワインを持って川べりへ。夕方7時ごろから出かけて、日没の9時半頃まで芝生の上で食べて、飲む。そうそう、こういうときに忘れがちなのがコルク栓抜き。これがないとせっかくのワインが飲めなくなるので要注意。実は私も家を出てから忘れたことに気がついて、いったん家へ引き返したのだった。

 本当にベルリンの夏はいい。天気さえよければ。でも冬があんなにつらいんだから、夏が最高でちょうど割に合うだろうという気もする。だから夏に暑くなってくれないと、私は冬を耐え切れない。
 夏は楽しいことばかり考えていればいいのに、冬のつらさを知ってしまってからは、どんなに天気のいい夏の日でも、いや天気のいい日こそ、冬の厳しさが頭をよぎる。この楽しさはいつまで続くかわからない、と思ってしまう。

 いったんつらいことを経験してしまうと、どっぷり幸せに浸れなくなってしまうのかも。それってなんか不幸だな。それとも、そういう出来事が人間の幅を広くさせるのだろうか。
 なんて、天気ひとつでこんなことまで考えてしまうとは。大げさな。

コメント(3)

あの冬の暗さは本当に滅入りますよね。
去年一年暮らしてみて、
ドイツの夏が一瞬だってことが本当によくわかりました。

このいいお天気もいつまで続くことやら
と思うと、今のうちにノースリーブを着て外に出なければ!
という気になりますね。

昨日なんて、意味も無く外食しちゃいましたよ。

>厳しさが頭をよぎる。この楽しさはいつまで続くかわからない
あ〜!…この感覚って、スゴく良く解ります。
天気だけじゃなく、暮らしや人生(?大げさな・笑)にも繋がってるように思う。

以前私はヒトの幸せの分量は決まってるって思い込んでいて、
とっても良いコトがあったとき、この後その分のつけがくる気がしてなーんか手放しで喜べないって感覚がいつもあった。
でも、ある人に「だからこそ今の楽しさを存分に味わったほうがイイ。
それを減らしたからって悪いほうが減るわけじゃないんだから」と言われ、そりゃそうだよなぁと今は思ってます♪

uenoちゃんへ、意味もない外食、わかる!
なんか外で食べたくなっちゃうんだよね。
私は今年の夏はスカートにサンダルの組み合わせは
ほとんどしていないし、まだ1回も泳いでない。

りりあんさんへ、そうそう実は人生のことも念頭にありました。
もう耐えられないというほどつらい経験をしてしまうと、
同じ思いをしないように、いつも気持ちをセーブしてしまう。
そんな感じです。

そうでなくても、気候は確実に人間性を作りますよね。
冬の厳しさを知らず、のほほんと過ごしていられる場所のほうが
幸せなのかもしれないと思います。

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