第1話 環境問題なんて嫌だったのに

2001.11.29 01:29

(このエッセイはメールマガジン「FINE NEWS」に連載されたものです)

 2001年の7月上旬に2週間ほどドイツを旅行してきました。昨年の夏、ドイツの語学学校に通っていた際に知り合った友人・知人に会いに行ったのです。

 目的はもうひとつありました。それは、ドイツ人が環境についてどのように考えているのかを知ることでした。

 日本では、ドイツは環境に対する意識が高い国として知られていると思います。国家レベルで見ると、将来的に原発が廃止されることが決まったり、徹底したゴミの分別回収とリサイクルが行われていて、日本よりは環境先進国のイメージがあります。個々人のレベルでも、買い物の際には手提げ袋を持参したり、古い物を大切にとっているというような紹介がされています。

 私は1979年の春から1年間、ドイツに住んでいました。もう20年以上も前で当時は子どもでしたから詳しいことはわかりませんが、ドイツの環境に対する取り組みがそれほど熱心なものだとは思ったことがありませんでした。もっとも、自分の意識が環境問題に向けられていなかったからかもしれませんが。

 自分の中で環境について考え始めたのには、2つのきっかけがあります。
 ひとつは、出版社の社員として、子ども向けと大人向けの2冊の環境問題の単行本を作る機会があったことです。でも決して自ら進んでその本を担当したのではありません。

 当時の私には、環境問題を声高に叫ぶ人々に対して強い抵抗感がありました。「環境に気を遣わないなんて許せない」といった絶対的正義をそこに感じていたのです。

 しかし、実際に本作りを進めていくうちに、エコロジストと呼ばれる多くの人たちが「無理せずに自分にできることから始めればいいんだよ」といっているのに気づき、次第に私の中の“環境問題アレルギー”がほどけていったのです。

 もうひとつの大きなきっかけは、私自身がアトピーでとても苦しんだことでした。今でこそ海外旅行もできるまでになりましたが、ほんの3年前までは家から出るのもつらいほど症状がひどかったのです。

 そのとき初めて、自分の体のことを真剣に考え、それが食べ物、環境へとつながっていったのです。この経験がなければ、私は一生、環境について考えることもなかったでしょう。

 ちょっと前置きが長くなりました。こんな私がドイツで何を見て、何を感じたか、次回から書いていきたいと思います。

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第2話 複数のゴミ箱

2001.11.29 01:28

 ドイツではまず、フリードリッヒスハーフェンという街に滞在しました。ここは、ドイツの南端にあるボーデン湖のほとりにある街で、湖を越えればもうスイス、オーストリアです。人口は約56000人で、大きいほうではありません。

 エコロジーというと、最も身近に感じられることはゴミの問題です。生活と切り離せないゴミ。その処理については、興味のあるところでした。

 さて、知人の家に着いてまずはひと休み。ダイニングキッチンでお茶など飲んでいると、ゴミ箱が2つあるのに気がつきました。ひとつには果物の皮といった生ゴミが入っています。もうひとつは黄色い薄いビニール袋で、そこにはヨーグルトのカラの容器などが入れられています。

 ここフリードリッヒスハーフェンでは、家まで収集にくるものと街のコンテナに捨てに行かなければならないものと、大きく2つに分かれています。

 収集にくるものは、1.黒いコンテナ(オムツ、寝具、大きいプラスチック製品、革製品、タイヤなど雑多なゴミ)、2.茶色いコンテナ(生ゴミ、庭木などのゴミ)、3.ゲルベザック(軽いプラスチック容器、アルミ容器)。

 街のコンテナまで持っていくものは、1.ガラスビン、2.缶類、3.新聞紙、雑誌、紙類です。ビンは、さらに緑、茶色、無色に分別していました。

 東京23区では燃やせるゴミ、燃やせないゴミ、資源ゴミの3種類にゴミを分別していますから、それと比べるとかなりの分別数になります。しかし、日本国内ではもっと細かく分別している自治体もありますから、国全体にしたらどちらに軍配が上がるのか・・・。この分別収集方法がドイツ国内全体行われているかどうかはわかりませんが、ビンのコンテナは、ほかのあちこちの州で見かけましたから、日本よりは少し上なのでしょうか。

 ドイツの場合、ゴミ収集後さらに細かく分けていたのでした。これは、フリードリッヒスハーフェンが所属している自治体のゴミ担当者から聞いたのですが、たとえば、軽量のプラスチックやアルミ素材のゴミが混ざっている黄色い袋(ドイツ語でゲルベザックといいます)の場合、収集後はまず機械で分け、さらにそれを人の手で分けているそうです。

 そして、リサイクルできるものは業者に回し、最後に残ったものを燃やしているとのことでした。同じように、生ゴミも植物系と残飯系に分け、それぞれコンポストにしているそうです。とにかく、できるだけ細かく分けてリサイクルし、できないものは燃やすか埋めるという考え方のようです。

 行政の対応が日本よりドイツのほうが上なのかもしれませんが、ドイツ人がみな環境問題に熱心かというと、そうともいいきれないようです。なんでもゲルベザックに入れてしまう人もいるようです。

 それにDB(ドイツ鉄道)の駅には4種類くらいに区分けされたゴミ箱が置かれているのですが、収集時には全部のゴミをひとまとめにしてた、なんてことがテレビか何かで暴露されたという話も聞いたことがあります。

 こうしてみると、日本人だっていろんな人がいるのと同じように、ドイツ人だって人によって考え方はさまざま。環境への意識は個人差が大きい。

 ただ、ドイツのほうが、全体のシステムがひじょうによくできているのではないかと思います。ゴミの分別を見た限りでは、ドイツ人だって、みんながそうキリキリと神経質に分けているわけではありません。しかし、ゴミ収集後から処理されるまでの仕組みがきちんとしているので、結果的にリサイクル型社会になっているのではないかという気がします。

第3話 ゴミを作らないためには

2001.11.29 01:27

 ゴミをリサイクルすることも大切ですが、そもそもゴミの量を減らすことが大切なのはいうまでもありません。ドイツで買い物をすると、いかに日本はゴミを大量に出しているかがわかります。

 たとえば生鮮食品。スーパーでは野菜を量り売りしています。野菜は何のパッケージもなしに裸のまま売られていますから、そこからゴミは生まれません。(なかには、トレイにのせて、全体をパックした状態で売っている商品もあります。)

 スーパーの肉コーナーでは、専門店のようにショーケースの後ろに店員がいて、ほしい量だけ切ってもらう仕組みです。そうすると、肉を袋に入れて渡されるだけですから、プラスチックトレイは不要です。

 パンも、スーパー内の専門コーナーで買うときは、紙袋に入れられるだけ。スーパー内の棚に置いてあるメーカーのパンは、日本と同様に、ビニールの袋に入れられているだけです。

 工場で生産されているようなお菓子類の包装もシンプルです。クッキーは、袋の中にじかにザクザクと入っていて、日本のように袋の中でさらに個別包装されているものは見ませんでした。そして、食べきりサイズのような小さい商品は少なく、どちらかといえばひとつひとつのパッケージが大きめです。

 また、ドイツのスーパーでは普通、手提げ袋はくれません。手提げがほしい人は、買わなくてはならないのです。そのため、たいがいの人は綿でできた丈夫な「マイ買い物袋」を持参してきます。スーパー以外だと、私が本屋で数冊本を買ったときは、手提げ袋がほしいかどうか聞かれました。ほしいというと、タダでくれました。ドラッグストアでは、レジ横に手提げ袋がつるしてあり、ほしい人は勝手に取れるようにしているところもありました。

 このようなシンプルな包装が受け入れられるのは、おそらくドイツ人が合理的な考え方をするからでしょう。しかし、日本人がドイツのやり方を見たら、がさつだと感じるかもしれません。裸で物を渡すのは失礼という感覚だってあるでしょう。

 たとえば日本のパン屋で何種類かパンを買うと、それこそ山のように包装してくれます。まず、クリームがのっているパンがありようものなら、その上に紙をはってから1種類ずつビニール袋に入れて、その個別包装したパンをさらにお店の手提げ袋に入れて渡されます。

 きっとそれは、1個1個のパンを保護し、食べる瞬間まで見た目のおいしさを大事にするという、とてもこまやかな心遣いの表れなのだと思います。でも、パンを食べた瞬間に、すべてはゴミとなるわけで、はたして1種類ごとに分けて包む必要があるんだろうか?という気になります。このパンは人にプレゼントするものではなく、ただ自分が食べるためだけに買ったものなのに・・・。

 しかし、店側にとっては個別包装をやめたり、店の手提げ袋を有料化するのは相当勇気がいることでしょう。私にとっては不要な個別包装も、ほかの人にとっては大切なことなのかもしれないのです。

 ですから、日本でゴミを減らすためには、いらない物には「いらない」ということが大切かなと思います。そして「いらない」という人たちが増えれば、店側の包装基準も変わってくることでしょう。

第4話 ボーデンゼークライスのゴミ事情

2001.11.29 01:26

 私が滞在したフリードリッヒスハーフェンという街は、バーデン・ヴュルテンベルク州に属しています。たいがいのことは州の管轄ですが、ゴミ関係と交通に関してだけは、州ではなくボーデンゼークライスという、ひとつの単位で行われています。要するにゴミと交通のお役所です。ボーデンゼークライスは、その名のとおりボーデン湖周辺にある23都市、20万人から成り立っています。

 今回、知人の計らいで、そのボーデンゼークライスのゴミ担当者に会えることになり、いろいろと話を聞いてきました。

 説明をしてくださったのは、ザオターさんとシュトーゼルさんのお二人。その話によると、一般家庭からのゴミの量は、80年代に比べると、90年代では約4分の1に減ったとのことでした。

 ところが皮肉なことに、ゴミ焼却場との契約は一定の量を燃やすことを前提としているので、ゴミが減るとほかのところから買ってこなくてはならない状態になるそうです。そこで2005年までには、焼却場の割り振りを変える計画もあるようです。

 ただ最近は、核家族化が進むことで、小さい単位で商品が売られるようになったため、またゴミが少しずつ増える傾向にあります。また、包装業者が今までよりも薄い包装紙を開発して売り込んでいるため、包装をするのがはやっているということでした。

 以前は肉や牛乳を買うときには容器持参で行ったものなのに、今ではそんな光景はすっかりなくなってしまったとか。なんだか日本の豆腐屋を連想してしまいました。

 ゴミの埋立地も見学しました。まず入口で収集されてきたゴミが細かく分別されて、ストックされます。紙類、ガラス類(色別)、発泡スチロール、金属類など素材ごとに分かれているのはもちろんですが、たとえば木の板の場合、塗料が塗ってあるものとそうでないものに分かれていて、その細かさに驚きました。また、残飯と庭木などの生ゴミはそれぞれに分かれ、山のように詰まれていました。これらはコンポストとして再利用されるのです。

 その奥の埋め立て用のスペースは、ゴミが積み上げられていて、小高い丘のようでした。埋め立て用のゴミは、ショベルカーのような機械で圧縮し、カプセルに入れて埋めるそうです。既に埋め立てが終わった場所には草木が植えられていて、何も知らなかったら、ただの山かなと思うでしょう。この草木も、根が伸びてカプセルを壊すことのない種類のものを選んで植えているそうです。

 以前はカプセルには入れず、ただ単にゴミを埋めていただけだったそうです。しかし、埋め立て後の場所が住宅地として売られ、そこの住人が病気になったなどのトラブルが起きたため、今ではきちんとカプセルに入れられています。

 驚くことに、この埋立地のすぐ隣は国立公園なのです。それだけ、埋め立てに関しては完璧にしているのだと思います。

 今回、ボーデンゼークライスのゴミの様子を見学できたことで、逆に日本の状況を知りたくなりました。

第5話 それは、豊かな暮らし

2001.11.29 01:23

 これまで「ドイツ流エコライフ」と題してドイツのゴミ事情を書いてきましたが、ゴミ以外にもいろいろと興味深いことはありました。

 例えば市場です。ドイツの街ではだいたいどこも広場があって、週末などには、そこに市場が立ちます。新鮮な野菜や果物、肉、パン、花・・・など、生活に必要なものがここで手に入ります。価格はスーパーで買うよりもちょっとお高めなことが多いのですが、その分品質がいいのでどこもにぎわっています。

 なかには、有機野菜専門店や天然酵母を使ったパン屋というのもあります。食にこだわりのある人は、そういった店で買い物をしています。

 余談ですが、市場にやってくる店の中には、おばあさん一人だけの店もあって、天秤で野菜の重さを量っていたのには驚きました。日本ではめったにお目にかかれない光景ではないでしょうか。

 大きなスーパーにも有機野菜コーナーがあります。種類も多く、どの野菜もパッケージなしの、裸の状態で売られています。値段は重さで決まります。

 また、ドイツの住宅の照明はたいがい暗く、部屋で蛍光灯を使うことはまずありません。外が暗くなってもなかなか明かりをつけませんし、ごくわずかな灯りだけつけて、あとはキャンドルで照らすということもよくあります。

 これはエコというよりも、ドイツの習慣によるものだと思いますが、やってみるとなかなかムードがあっていいものです。最近日本でもおしゃれなキャンドルやキャンドルスタンドが売っていますから、試してみてはどうでしょう。

 ジュースやミネラルウォーターなどは、ガラス製のリターナブルビン(洗って何回も再利用するビン)を使っている商品もありますが、ペットボトルもかなり売っています。

 日本ではリターナブルビンは本当に少なくなってしまいましたが、これはおそらく今までの酒屋さんの配達システムが崩れてしまったからでしょう。

 ドイツは車社会ですから、スーパーに行くのにも当然車で行くわけです。そうするとガラスビンのケースも車に積めるので、さほど苦にならないのではないかと思います。

 車社会と書きましたが、これは本当に実感しました。鉄道の便がよくない街もありますし、街の中心地に住んでいるのでもない限り、車は必需品です。ドイツではディーゼル車も人気があり、よく走っています。なぜディーゼルが健在なのかと疑問でしたが、どうやらCO2の排出量が低いらしく、その点が評価されていると最近新聞で読みました。

 これまでドイツのエコという視点で書いてきました。エコというと息苦しさを感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、別に無理をしているわけではないのです。それどころか、有機栽培のおいしい食品を味わったり、キャンドルの灯りのもとでおしゃべりを楽しんだりと、とても豊かな暮らしだといえるでしょう。

 このコラムが日本での暮らしのちょっとしたヒントになれば幸いです。
 これまで読んでいただいて、どうもありがとうございました。(完)