2012年3月アーカイブ

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2003年頃のベルリン。ルーズな感じがたまらなく好きだった

 自分がベルリンに来た理由と、幸せな人生とは何ぞやという壮大なテーマを考えて書き始めた「しあわせ人生」シリーズ(今この瞬間に命名した)。
 前回(こちらをクリック)は、ストレスが重なって「日本にいたらダメになる」と決意し、ベルリンに飛んだところまで。

 不安を抱えながら、それでも日本を離れたくてやって来たベルリン。来たばかりの頃は知っている人が誰もいなくて、どうしようもなく所在ない感覚に襲われた。自分の居場所もなかった。
 もしかして、日本でも上京したての人というのは、こんな気持ちなのだろうか。東京に生まれ育った自分には、いわばこれが初めての上京だったのかもしれない。

 でも、そんな思いも知らぬ間に消えていた。いったん誰かと知り合うと、そこから次々と別の人につながっていく。それが楽しかった。

 ベルリンにはいろんな人がいた。ベルリンは、私が知っているドイツとは違った。
 街全体がのんきで、気楽で、小汚かった。誰もが自分をアーティストと名乗り、その実、どうやって食べているのかわからない人たちが多かった。
 
 ベルリンで知り合った日本人も、日本での友人たちとはまったく違うタイプの人が多かった。とにかく、みんなの経歴がいろいろ。
 私は日本で、附属高校から大学へそのまま持ち上がって入学したから、友人たちの生活環境は自分と似たり寄ったりだった。でもここでは、全然違う環境で生きてきた人たちがいた。

 ま、一言でいえば、世界が広がったんだよ。
 ベルリンで出会った人たちとは、もし私がずっと日本にいたら絶対に知り合うことはなかったと思う。日本でリンクすることのない世界が、ベルリンでつながった。

 互いの家を行き来して、一緒にご飯を作ったり、飲んだりする。どこかへ飲みに行くときは、お金がないから2ユーロで飲めるビールだけ。お金はないけど時間だけはたっぷりあった。
 そうやって、いろんな人とたくさん話をするうちに、自分も少しずつ変わっていったんだと思う。

 だからね、もし日本で自分の環境に嫌気がさしていたり、自分の居場所がないと思ったら、我慢してないで、ちょっとバイトしてお金ためて、外に出てみたらいいと思う。まったく違う世界があったりするから。

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あるとき、決意して飛んだんだよね。そうしなきゃいられなかったの


 たまたま最近、自分がベルリンに来た理由や、幸せな人生とは何ぞやみたいな話をすることが続いた。
 私がベルリンに来たわけは、以前のクボマガには書いていたんだけど、昨年のリニューアルを機に削除してしまったので、この機会にもう一度まとめてみることにした。自分のためにね。

 私がベルリンに住み始めたのは2002年。その発端となったのは、ケルンに2ヵ月間滞在した2000年。
 それまで私は、出版社をいくつか移りながら編集の仕事をしていた。雑誌編集、書籍編集、雑誌記者として取材・撮影......この当時の仕事が、今につながっている。

 仕事は好きだったけど、精神的にも時間的にも追われて、常にストレスを感じていた。とにかく朝起きた瞬間から機嫌が悪い。ターミナル駅の人混みにイライラする。毎日を楽しいと感じられなかった。

 ある日、出社途中の新宿駅で人とぶつかった。朝のラッシュ時なら(といっても、私は10時出社だったので、ピークはとっくに過ぎていたけど)、よくあること。「すみません」の一言でも交わし合えば、それで済むこと。
 でも当時の私はいつもイライラしていたもんだから、その瞬間に殺意が芽生えて、思わずガンを飛ばしてしまったんだよね。

 直後に「まずい」と思った。「このままここにいたら自分はダメになる」と。

 それまでも、「たまたま日本に生まれたからって、なんでこんなに長時間働かなきゃいけないんだろう」「私の人生って何なんだろう」ってよく考えてたけど、この"新宿駅でのガン飛ばし事件"が、日本を脱出するひとつのきっかけとなった。

 それ以来、とにかく日本を出なきゃダメだと考えるようになった。そこによみがえったのが、子ども時代に過ごした西ドイツでの記憶。

 私は小学校6年生の1年間を、当時の西ドイツで過ごした。その町には日本人学校がなかったから、普通の現地校に入れられた。
 ドイツ語も英語もまったくわからない。でもドイツでの滞在は1年間だけと最初から決まっていたから、親も私も気にせずに、意味不明のドイツ語に囲まれながら1年を過ごした(話が脱線するけど、今私が中国人に囲まれたアウェーの環境の中で中国ダンスを習っていて平気なのは、子どもの頃に鍛えられているからかもしれない)。

 学校にアジア人は私一人。当時は、今よりももっとアジア人が珍しかったと思うし、アジアに対する知識も少なかったと思う。しかも、そのアジア人はドイツ語が全くわからないときてる。共通言語が何もない。
 でも、誰も私のことをいじめなかったんだよ。みんな気にかけてくれたし、仲のいい友だちもいた。言葉ができなくても、子ども同士ならコミュニケーションもそれなりに図れるものなんだよね。
 
 そんな感じで終わった1年間の西ドイツ滞在。そして、確か99年にその当時の滞在に関する催しがあって、家族で再びその町を訪れた。
 その時に思い出したんだ、西ドイツでの日々。子ども心に、ドイツって住みやすいなあと感じていた。

 そこへ起きたのが、最初に書いた"新宿駅ガン飛ばし事件"。日本を出るなら、行き先はドイツしかない。ドイツは私にとって、外国ではなかった。言ってみれば第二の故郷。よく知った場所。

 そして2000年にケルンに飛んだ。ケルンに決めたのは、子ども時代に住んでいた町(ちなみにデュッセルドルフじゃありません)に近かったから。
 ただしその時は、まだドイツで滞在許可を取ってちゃんと暮らすだけの決心はつかなかった。

 でも2ヵ月の滞在+1ヵ月のドイツ旅行を終えて日本に帰ってきたときの、中途半端な気分といったら。
 今度はちゃんと一定期間ドイツで暮らそうという決意は、このときになんとなく生まれたと思う。

 ケルン行きを口実に、当時いた出版社を辞めたので、私は自動的にフリーになった。そうしたら、仕事をいただけるありがたみがわかるようになった。感謝の気持ちが生まれた。でもこの話はまた違うテーマになるので、またいつか。

 今度ドイツに行くときは、もっとちゃんと暮らそうと、フリーで仕事をしてお金を貯めた。そして2002年にベルリンに来た。
 行き先をベルリンにしたのは、それまで何回か旅行して肌に合う気がしたのと、ベルリンならライターとして日本の出版社に何か書けるかもしれないなと思ったから。今の状況を見ると、それは合ってたと言ってよさそう。

 もっとも、ベルリンでの滞在は1年ぐらいのつもりだった。1年間リフレッシュして、また日本へ帰るつもりだった。
 それがどうよ、今年は2012年。あれから10年が経つわけだ。
 
 この話、勝手に次回へ続けます。

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こげ茶の家具によく似合う

 ついうっかり、更新が間が開いてしまった。なるべく3日に1回は更新しようと思っているのに、ごめんなさい。

 毎日慌ただしく過ぎていくけど、日曜の蚤の市通いだけは続けている。これは自分の楽しみだし、それにまた4月28日(土)・29日(日)に「第3回トウキョウーベルリン雑貨店」(仮題)イベントを開くのでね。
 イベント告知はまた改めて正式に行いますが、日程は上記の通りで決定。来てくださいね!

 ......って、話が逸れてしまった。
 そう、蚤の市。普段は食器を買うことが多いんだけど、この前の日曜日に蚤の市を巡っていたら、ふと繊細なレースのハンカチが目に入ってきた。古そうな品だけど、きれいに洗ってあって、アイロンがきっちりと折り目正しく当てられている。

 へぇ素敵、と思って手に取ってみていたら、出店者のおばさんが「刺繍やレースは全部手仕事なの。たぶん1930年代頃かと思うけど、ちゃんと洗ってきれいにしてあるのよ」と話しかけてきた。

 ハンカチには持ち主に愛されていたようなたたずまいがあった。こういう品は、新品よりもずっと素敵だと思う。

 いろいろな種類があったので、迷った上に数枚をわが家に連れてきた。お気に入りのチェストの上に乗せてみたら、なんだか気品が生まれたみたい。

 戦前のご婦人が使っていたであろうハンカチが、日本人の私の家にあるなんて、ちょっと不思議。このハンカチ、あと50年後にも世界のどこかで愛され続けているかしら。

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この写真はテイクン取材時のもの。全裸で屋上から叫びたくなる

 いやー、サウナはいい。
 体の芯から温まって、肩こりが解消する。サウナから出た後は寒さなんて恐くない。なんでもかかってこい!みたいな気持ちになる。

 なんといっても全裸の開放感がいい。裸で外に出て泳ぐ気持ちよさったら!やったことない人、これはぜひとも一度経験してほしい。

 ベルリンのサウナについては、友人たちと「テイクン」というフリーペーパーをやっていた時にサウナ巡り取材をした。
 いろいろ行ったけど、個人的にはプールがあるところが好き。もちろん裸で泳ぐのよ。気持ちいいんだから。

 サウナは基本、全裸で男女混浴。
 えーって思うかも知れないけど、一度行ってみるとなんてことはない。みんなそういうものだと思っているから、エロスの香りなんてない。男性の体なんかギリシャ彫刻みたいで、エロスというのとはなんか違う気がする。
 
 でも、ちょっと注意した方がいいのは、アラブ系の人が多そうな地域のサウナかな。アラブの国々では、女性の露出度は極端に低いから、たぶん男性陣は裸の女が(サウナとはいえ)ウロウロしている状況に慣れていない可能性がある(日本もそうか)。
 だから、ひょっとしたら凝視されることがあるかもしれない。というか、私は1回だけ視線を感じが経験があるし、知り合いはもっと露骨に見られたと話していた。

 そういうのが気になる人は、女性デーがいい。私も女性デーに行ってきた。女性だけなら、全裸状態で偶然男性の知り合いに会っちゃった、なんてこともないしね。安心。

 サウナに行ってみたいけど、何をどうしていいかわからないという人は、ぜひテイクンの記事を参考にそうぞ。こちらをクリック!
*記事の情報は2007年1月のものなので、最新情報は各サウナでご確認ください。

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1年前も今も遠く離れたベルリンで

 震災発生当時、東京に帰ろうかと悩んだ。これからだって、高い確率で首都圏に直下型地震が来ると言われている。なのに私はまだベルリンにいるなぁ、と思う。

 震災があって、自分の生活もやっぱり変わったと思う。震災がきっかけで、考えざるを得なくなった事柄がある、原発とか。事故が起きてからじゃ遅すぎたのかも知れないけど。

 震災とはまったく関係ないけど、学生時代の音楽仲間がまた新しい曲をYou Tubeにアップしました。
「雨の日はキライ」という曲で、大学時代に作ったもの。録音したのは1年半以上前。こちらをクリックしてください。
 そういえば、このページのいちばん下には「上を向いて歩こう」のカバーもあります。これを録ったときには、大震災が起きてこの曲があちこちで聴かれるようになるとは夢にも思わなかったけど......。

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これ夜に撮ったから、全体に黄色っぽく写ってます

 お待たせ(?)しました、「新居インテリアシリーズ」です。
 ようやくリビングの壁を塗り終えた。仕事の合間をみながら塗ったから、延べ3日かかった。もう、肩と首がガチガチよ。

 なぜ私が自分でリビングの壁を塗ったかというと、それは自分の部屋を心地よくしたいから。ベルリンでは(おそらくほかのヨーロッパの国でも)賃貸アパートでも、壁に穴を開けたりペイントしたりするのは自由。みんなごく普通にドリルで壁に穴を開けて、家具を取り付けたりしている。もちろん自分で。

 私は旧居の壁をブルーグレーにペイントして以来、壁の存在がどれだけ大きいかを実感していた。
 白い壁もいいけど、色や壁紙があると部屋の印象は全然変わる。暖かさを感じさせたり、広く見せたり、視点をそこへ集中させたり、壁のデザイン一つでさまざまな効果をもたらすことができる(詳しくは『ウォールペーパー・インテリアレッスン』『ウォールカラー・インテリアレッスン』をご覧ください!)。

 新居では、リビングが仕事部屋を兼ねている。ここの一角には背の低いコーヒーテーブルと椅子が数脚置いてある。友だちと話すスペースね。
 その反対側の一角にデスクが置いてある。このデスク回りの一角だけ壁に色を塗ることで、一つの部屋を視覚的に仕事とリビングの各コーナーに分けたいと思ったわけ。

 問題は、ペイントする色。仕事回りだから、前向きな気持ちになれるような色がほしかった。前回のブルーグレーは、このリビングの主役である一面だけのレンガ壁とは合わない気がしたので、今回は別の色にすることに。
 最初はなんとなく藤色っぽいのを考えていたけど、ちょっと難しい色かなーと思い始め、レンガの温かみを増すようなグレイッシュなピンクにすることに決めた。

 色見本を見ながら悩んだ末に色を選び、ホームセンターで調合してもらう。で、壁に塗ってみたら、あら、想像していたよりもピンクが強い......。もうちょっとベージュ寄りの方がよかったかな。

 でもこれも経験。しばらくこれで暮らしてみて、違和感を感じるようなら別の色に塗り替えればいいだけ。
 いろんな経験を積み重ねれば、それだけ自分の頭の中にインテリアのデータが蓄積されていくということ。だから、失敗なんてものはない。
 この家で、いろいろな案を試してみよう。そして部屋をもっと心地よくしよう。

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2年間ありがとうございました!

 1年前の2011年4月号からスタートしたNHK「テレビでドイツ語」テキストでの連載「南ドイツの小さな町」が、現在発売中の3月号で最終回を迎えました。
 一昨年の「ベルリンからの小さな旅」シリーズから数えると、まる2年の連載でした。

 連載の仕事は、本を書くのとは別の緊張感があります。連載は、私がドイツに住んでいるからこそできるわけで、何らかの理由で急遽日本に帰ることになったとしたらストップしてしまいます。そんなことは許されない。
 だからいつも、早め早めの取材をしていました。全うできて、ホッとしています。

 この連載は、本当に楽しかったです。
 何が楽しいって、まず一つは自分で撮影もできたこと。私は写真を撮るのが好きですが、あくまでも自分はライターだと思っています。カメラマンと名乗るなんて、おこがましい。
 そんな自分の写真を、テキストの巻頭カラーページという責任重大な場所に載せていただけて、本当に光栄でした。みなさんに「行ってみたい!」と思っていただけるようにと念じながら撮りましたが、いかがでしたでしょう。

 そしてもうひとつの楽しかった理由は、ドイツ各地を知れたこと。これまで自分がアウェーと感じていた南ドイツの魅力も知ることができました。
 私の冷蔵庫には、黒い森の生ハムとドイツ白ワインをほぼ常備していますが、これもこの連載の成果(?)です。

 みなさんに楽しんでいただくための連載が、実は私がいちばん楽しんでいたのかもしれません。でもその楽しさが伝わって、ドイツを旅行してくださったら、私としては万々歳です。

 「南ドイツの小さな旅」、最終回の旅先はシュヴェービッシュ・ハル。最終回にふさわしい、中世の趣が残るかわいい町です。どうぞ、書店で、電子版でご覧ください。

 そして来月4月号からは、同じくベルリン在住の「あの方」にバトンタッチ! 4月からも引き続き「テレビでドイツ語」をお楽しみに!

2016年10月

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