
明るいキッチンは、私の家の中の好きな場所
私はこれまで、自分の本であとがきを書いたことはありません。書くように言われたこともないですし、書きたいとこだわったこともありません。限られたページ数なので、あとがきを載せるよりも、少しでも多くの写真や記事を載せた方がいいと思っているからです。
でも発売になったばかりの『ドイツのキッチン・ルール』(誠文堂新光社)は、いろいろ悩みながら作ったので、あとがき代わりにここに書いてみたいと思います。ちょっと長くなります。
私はベルリンに住み、自分なりにこの地での生活を経験しています。当然ながら、いい面だけではありません。驚いたり、憤慨することもたびたびあります。そういう面も含めて、自分が感じた素敵なこと、なおかつリアルなことを伝えたいと思って書いています。
それは時に難しいこともあります。
このクボマガでは好きなように書けますが、本や雑誌は仕事です。購読してくださる読者のみなさんがいらっしゃって、初めて成立するものです。
みなさんに支持していただける内容でなくてはならない、つまり売れるものでなくてはいけない。だって商品なのですから。
よく言われることですが、「人は自分の見たいものしか見ない」そうですね。これを本や雑誌に当てはめるなら「見たいドイツしか見ない」のかもしれません。
日本では「ドイツ=合理的、清潔、質実剛健 ドイツ人=勤勉、実直」というイメージが染みついていると思います。それは間違いではないと思います。
でも私の感覚で言えば、現在60代以上の方々に多く見られる傾向のような気がします。若い世代はまたちょっと違いますし、私の住むベルリンは、ドイツの地方都市とは大きく異なると思います。
いずれにせよ、一言で説明できるほど単純な世界など、この世にはきっとないですよね。
私はこれまで、どちらかというと日本ではあまり知られていなかったベルリンの姿を伝えてきたのではないかと思います。
それは自分がベルリンに来て、これまで日本で抱いていたイメージとは別の魅力を知ったからです。そしてその魅力は、きっと日本でも支持していただけると思いました。
私が最初に著書『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)を上梓したとき、「ドイツのインテリアってもっと質実剛健だと思ってたけど、ベルリンって意外にそうでもないんだ」というご感想をたくさんいただきました。
それが、とてもうれしかった。私が感じたベルリンの魅力を、みなさんと分かち合えたと思いました。
でも、この本を出すまでにはかなり時間がかかりました。おそらく、本の内容が日本で浸透しているドイツのイメージと違ったからだと思います。
「ベルリン」という地名もパリやロンドンに比べて認知度が低いので、タイトルを「ドイツ」にした方がいいのではないかという案もありました。
でも私が伝えたかったのは「ドイツ」ではなく「ベルリン」だったのです。ありがたいことに、この本は多くの方に読んでいただけて、出版社の方も私も喜ぶことができました。
そして、今回のテーマは「キッチン」でした。キッチンは私にとって難題でした。私は別段家事が好きなわけではありませんし、料理が趣味でもありません。
さらに、「キッチン」といえば、そこに来るのは「ベルリン」ではなく「ドイツ」しか考えられない状況でした。「ドイツの家事術」というジャンルが、日本で確立されているからです。
本書を買ってくださる方々は、清潔で合理的という、イメージ通りのドイツのキッチンを期待しているに違いないと思いました。それは、これまで自分が手がけたことのない世界でした。
これまで、どちらかというと王道でない世界を伝えてきた自分が、こんなザ・王道とも言えるテーマを手がけられるのだろうか。
しかも、家事が得意なわけでもない。読者のみなさんが求めている情報を伝えられるのだろうか。
悩んだ点は、もうひとつありました。環境の違いです。
ドイツと日本では食生活が異なりますから、使う食器の数やアイテム、調理後の汚れも違います。
住環境の違いも大きいと思います。日本(といっても私は東京しか知らないので、偏っているのですが)では収納が大きなテーマですが、それはやはりスペースが狭い場合が多いからでしょう。
ドイツはもう少し広いことが多いし、賃貸住宅でも壁に釘を打ち付けられるので、自由度が格段に高いです。
だから、そういう風土・環境の結果生まれたやり方を、そのまま日本で真似するのは非常に難しいと私自身が感じていました。
それよりは、もっと生活哲学というか、ドイツ人の考え方を伝えた方がいいと思いました。
ドイツ人の暮らしは、とてもゆとりがあると思うのです。本書で取材した方々も、キッチンはきれいなのに、なんだかとてもゆったりしています。
そういうゆとりをもたらす考え方や、生活のワンシーンを伝えたいと思って書きました。
みなさんにどう受け取っていただけたか、不安ではあります。でも、もちろんここに書いた私の意向とは関係なく、みなさんはこの『ドイツのキッチン・ルール』をお好きなように読んで、眺めていただければ、それでうれしいです。
最後になりましたが、私はドイツやベルリンの情報を伝えることで、日本での暮らしがもっとラクに、楽しく、しあわせに感じられるようになればいいと願いながら書いています。
これは、どんなテーマでも同じです。自分がベルリンに来た理由(詳しくはこちら)が、日本にいるのがしんどくなったからなので、よけいにそう思うのです。なんだかきれい事に聞こえるかもしれませんが、本当にそう思っています。
すっかり長くなってしまいました。ではそろそろこのへんで。
ベルリンにて 久保田由希